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第1章:再会 4

仕事以外では関わらないと決めたのも束の間、一回目の撮影の後、親睦を深めるという意味で出版社主催の飲み会が開かれた。 モデルという仕事をしていると、こういう飲み会や食事会でいかに人脈を広げるかが今後の仕事の展開を大きく左右する。もちろん実力だけでやっていけるなら理想だけれど、ある程度人脈というのは大事なのだ。その証拠に由利がこの雑誌の専属モデルに抜擢されたのも、担当編集者と何度か一緒に仕事をして食事にも行ったことがあったから。人脈を広げ信頼関係を築くというのは、きっとどの職種でも大事なことだろう。 それなのに、あの男ときたら。 「すみません、仕事が立て込んでいるのでご挨拶だけで失礼します」 そう言って高い酒の代金を支払い、全員に振る舞ってから自分は一口も飲まずに藍は帰って行った。兄が人脈作りに苦労しているというのに、お前ってやつはのらりくらりと猫のようにマイペースだなという暴言がつい口から出そうになったが、なんとか堪えた。 「俺、YURIさんと仕事をしたのが初めてなんですけど……いつもあんな感じなんですか?」 隣に座る『Camellia』の編集長である浅沙聡(あさざさとる)に話しかけると、彼は由利の言葉に苦笑した。 「いつもあんな感じだよ。大人数の飲み会は苦手なんだって言ってたなぁ」 「そうなんですね……でも一杯くらい飲んでいけばいいのに…」 「気になるかい?」 「いえ、そういうわけではないんですけど……」 両親のことだからいい加減な人間に育ててはいないだろうけれど、仕事の関係者の集まりくらい参加するべきだと由利としては思うのだ。別に人脈作りをしろとかそういうことではなく、社会人として最低限のマナーでは?と思う。でも昨今はアルコールハラスメントだったり、飲み会を強要する行為は問題視されることもあるので、結局は本人の意思に任せるしかないのだけれど。 「でも一対一なら来てくれるんだよ」 「え、そうなんですか?」 「ああ。ちゃんとマスクも外してくれるし」 「本当ですか!?」 ヘアメイクを担当してくへている心が撮影前に言っていた『YURIのマスクを外させた人はすごい』という噂は、所詮ただの噂だったのだろう。一応偉い人やクライアントの前ではマスクや帽子を外してコミュニケーションを取っているのが分かって、少しだけホッとした。 ――いや、なんで俺がホッとしてるんだ? 「普段露出してる部分は少ないけどイケメンでしょ、彼」 「はぁ、まぁ……」 「そりゃあモデルの由利くんには及ばないけど、普通にイケメンなんだよ。でもそのせいで学生時代に色々と大変な目に遭ってたみたいでね」 「大変な目?」 「スカウトはもちろん、ストーカーとか。顔だけで寄ってくる人が多いのは由利くんも分かるだろう?」 由利が藍を避けている間、そんなことがあったなんて知らなかった。 由利は母方の連れ子なので母とは定期的に連絡を取っていたけれど、一度も藍がストーカーされているとかスカウトが大変だという話は聞いたことがないのだ。由利が藍や実家を避けているのを薄々感じていたのか、心配させまいとわざと言わなかったのかもしれない。 確かに藍は中学生の頃からかっこよくて背が高く、周りから注目されていた。当時高校生だった由利の耳にも届くほど、高校でも藍のかっこよさは噂になっていたのだ。意外と大変な目に遭っていたんだなと藍に同情しそうになって、そんな邪念をかき消すようにぷるぷると頭を振った。 「初めて会う人には失礼かと思われるのがネックだけど、写真を撮るのが好きで仕事に愛情を注いでいる人なんだよ、YURIくんは」 「仕事に愛情を……」 「でも今日のYURIくんは一味違ったね」 「え?」 「やっぱり"憧れの人"と一緒に仕事ができたからかな。とても楽しそうに見えてまるで別人だったよ」 撮影終わりに萩尾が言い、今度は浅沙の口からも『憧れの人』という言葉が出てくる。普通ならそう言われると喜ぶところだが、素直に喜べないのはYURIの中身が藍だからだ。由利が知らないところで着々と外堀を埋められている気がして、本来嬉しい言葉を素直に受け取れない。一体なにがしたいんだあいつは、と小さくため息をついた。 「YURIさんのアシスタントさんたちも言っていたみたいなんですけど、憧れの人って本当に俺なんですか?」 「もちろん。本人がそう言ってたからね」 「そうですか……」 「僕もYURIくんの本名は知らないけど、同じ名前だから運命を感じてるって。モデルとカメラマンの"ゆうり"が一緒になったらどういう写真になるんだろうって楽しそうに話してたなぁ」 「へぇ……」 「だから今度、由利くんのほうから誘ってみたらどうだい?」 「……っえ!?誘うって、な、なにに…」 「食事にだよ!一対一なら来てくれるはずだから。YURIくんのほうは憧れの人に自分から誘えないだろうし、この業界の先輩でもある由利くんが一肌脱いじゃってさ!」 浅沙は笑いながらバシバシ背中を叩いてくる。二人の事情を知らないので善意で言っているのは分かるのだが、99%誘いたくない気持ちでいっぱいだ。でも残りの1%は、一度くらい食事に行かないと周りから怪しまれるかもしれない、という大人の事情。 藍から誘われるよりは由利のほうから誘ったほうがいいのかもしれない。なんとなく藍から誘われると周りの目もあるので断りづらいが、由利から誘って藍から断られたら万々歳だ。必ずしも藍が承諾するとは限らないし、こちらから先手を打ってみてもいいだろう。 「(藍のスケジュールが分かれば断れそうな日をピックアップできるんだけどな…)」 そこで目に入ったのは、藍のアシスタントだった。 藍本人は不在だが、アシスタントにはあまり遅くなり過ぎないようにと言って帰っていたので、いつもアシスタントはこういう会に参加させているのかもしれない。そこに目をつけた由利は自分のグラスを持ってそそくさと移動した。 「あの、すみません」 「きゃっ!ゆ、由利さん……!?」 「聞きたいことがあるんですけど、YURIさんってお忙しいですよね?」 「え?そ、そうですね…先生はいつも作業や撮影に追われています」 「今月は特にお休みできる日があるのか怪しいくらいですよ」 「今日もずっと作業室に籠るって聞いています」 「私たちは飲み会に参加して少しくらいゆっくり楽しんでって言われましたけど……」 仕事が忙しいのはどうやら嘘ではないらしい。休みがあるのかどうかも疑わしいということは、今月中に誘ってみれば断られる可能性が高いということだ。その時に来月は由利のほうが忙しいから難しそうだと先手を打てば、自然と話は流れるだろうと期待した。 ただ、人生そう上手くいくわけがない。 簡単に事が運ぶなら『悩み』なんて言葉は存在していないだろうから。

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