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第5章:家族 3

「二人でなんの話?」 湯上がりで白い肌が少し火照っている由利がリビングに来て、父の持っている雑誌を覗き込むと顔を赤くした。 「Camellia?」 「そうそう。由利くんが出てる雑誌とか全部買ってるんだよ!僕と母さんのコレクションなんだ」 「コレクションって……恥ずかしいね」 予想通り、父が由利の雑誌を買っていると聞いたら由利は照れた。湯上がりで色っぽい雰囲気になっている(藍の目から見たら、だ)のも相まって、顔を赤くして照れている由利はなんとも可愛らしい。27歳の男性に可愛いというのもなんだが、藍に怒っていない時の由利は香恋に似た純粋さや明るさが滲み出ているのだ。 「由利くんは麗とも仲良くしてくれてるって、藍から話を聞いてたところだったんだよ」 「麗?」 「椿だよ。藍葉椿」 椿、つまり麗が藍の実の妹だと知っている由利は父の手前気まずそうな顔をした。この話題を話して大丈夫なのか?と由利が目で訴えてきたので藍がひとつ頷くと、彼がホッとしたのが一瞬で分かった。 「藍の彼女だと勘違いしてたって」 「そっ、それは、だって……!」 「無理もないか、話してなかったもんな」 「モデルの妹がいたなんて知らなかったから…」 「わざわざ言うことでもないかなと思って」 「俺が一人バカみたいじゃん……」 「でもまさか麗と由利くんが仕事をすることがあるとは思ってなかったからなぁ」 藍が本当に『ヒモ』生活をしていたと思い込み、タイミングよく麗が現れたので過去に藍を養っていた『オメガ』の『椿』だと由利の中で確信に変わった。そもそも『ヒモ』生活をしていたことを本気にされたのは複雑だったが、そう見えるほど由利の中で藍のイメージが最悪なのだろう。 それなのに、藍の過去の相手を想像してモヤモヤしていた由利を見るのはそれはそれは楽しかったけれど、彼がなかなかそれを受け入れようとしなかったからつい意地悪してしまった。麗にも実の妹だと言わないようにと口止めして由利の様子をずっと見ていたが、どうして彼はこうも素直になれないのか不思議だったが、藍を直に受け入れられないのは由利に『アルファ』としてのプライドがあるからだ。 「とにかく、由利くんにはお礼しか言えないよ。藍にも麗にもよくしてくれて……」 「そんなことないよ、父さん」 「藍にも香恋にも良いお兄さんがいて本当によかった。これからもよろしくな、由利くん」 「うん、もちろん……」 父の言葉に複雑そうな顔をする由利は色んな方向から『家族』に追い詰められている。何も知らない家族からは良い兄だと感謝され、義弟からは『オメガになってほしい』と迫られ、家まで占領されているのだから。彼は一人でよく考える暇もないし、心が休まる時間もないだろう。 ただ、考える時間は8年あげた。 その8年もの間、由利は藍から解放され自由な時間を過ごしていたのだろうから、さすがにもう決断してほしい。なんせ、藍は一度たりとも由利のことを考えない日はなかった。8年と言わず、家族になる前から数えると10年以上、由利を自分のオメガにしたくてたまらなかったのだ。 「兄さん、床じゃなくてベッドに寝たら?」 「……いや、床でいい」 「体が痛くなるって。前から一緒に寝てるんだから大丈夫だよ」 「そういう問題じゃな――!」 「ゆうり」 同じベッドに眠るのを渋っている由利を後ろからぎゅっと抱きしめ、彼の耳元で名前を呼ぶ。由利は『兄さん』と呼ぶよりも名前を呼ばれると、体は素直に藍の声に反応する。髪の毛に隠れていないうなじが真っ赤に染まるのが分かって、その愛らしさに思わず口付けた。すると素直な由利の体はびくりと跳ね、じわじわと体温が上がってくるのが分かる。ああ、あとひと押しだな。 「僕、由利を抱きしめないと眠れないんだよ」 抱きしめた由利の肩口にこてんと頭を預け、甘えるように呟く。お願い、としおらしく言いながらふんわりと抱きしめると由利の体から少しだけ力が抜けた。ここで無駄に抵抗したり、声を荒げるわけにはいかないと由利自身も分かっているのだ。 「由利はそんなに、僕のことが嫌い?」 「そういう聞き方はずるい」 「なんで?嫌いなら嫌いだって言ってくれたほうが諦められる」 由利にとっても『嫌いだから』と言ってしまったほうが楽なのに。沈黙を貫くことが何を意味するか分かっていないのだろうか?嫌いなら嫌いだと言ってくれたら諦めると言っているのに、由利は黙ったまま俯いてしまった。 「……由利、覚えてる?」 「…なにを?」 「香恋が寝てる部屋で、僕たちが初めて繋がった日のこと」 学生の時に藍が使っていた部屋はそのまま、荷物は少なくなったが家具の配置などは変わっていない。ベッドは壁際に配置されており、その壁の向こう側は由利の部屋のベッドが置いてあった。そんなに薄い壁ではないので大きな音ではない限り向こう側の音が聞こえたことはないが、壁に耳をつければうっすらと聞こえてくる程度だ。だから別々に眠るときはいつもこの壁に耳をつけ、由利が部屋で何をしているのか想像していた。 そんな由利の部屋を今は香恋が使っている。家具の配置はほとんど変わらないまま、この壁の向こうには香恋が眠っているベッドが置かれてあるのだ。兄たちが『そこ』で『なに』をしたのか知らず、過ちが充満している部屋で明るく過ごしている香恋。「あの日、由利が誘ったからだよ」と彼を責める言葉を耳に流し込むと、由利は震える手で自分を抱きしめている藍の腕をぎゅっと握った。 「藍、らん、らん……」 「ん?なあに、由利」 絶望にも似た顔をしてぶるぶる震えている由利に優しく話しかけるが、彼はその美しい瞳に恐怖を浮かべていた。 「お願いだからもう、いっそのこと、俺を殺して――」 由利、僕はね。 そういう嘘が、一番嫌いなんだよ。

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