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第10章:楽園 2

藍の状態も先日からかなり落ち着いて、Camelliaの撮影も由利だけで再開させた。編集長の浅沙も現場スタッフも藍に気を遣っていたが、彼は長いこと休ませてもらったからと言って仕事に専念していた。 「YURIさん」 「はい、んむ……っ!?」 「へへ、隙あり〜」 仕事を再開したのはいいものの、まだ藍の雰囲気はピリついている。カメラマンの機嫌によって現場の雰囲気も左右されるので、いつもより帽子を深く被って鋭い視線でモニターチェックをしている藍を少しでも和ませようとした由利は、彼のマスクをずらして口の中にチョコレートを放り込んだ。 「ちょこ……」 「好きでしょ、それ」 「すきらけろ……みんな見てるよ、ゆうりさん」 「へ?」 みんな、と言われて気がついたのだが、スタッフが全員こちらを見ていたのだ。そもそもピリついている藍に近づける人はいなかったし、人前で藍のマスクを外す無礼な人なんて今までいなかっただろう。由利の大胆な行動に現場にいたスタッフはあちこちで歓声を上げたり、ひそひそと話し始めた。 「ゆ、YURIさんの顔面……っ!」 「ていうか由利さんの行動めちゃくちゃ可愛くない!?」 「うーわ、結局イケメンなんだよなあの人も……」 「顔がほとんど隠れてても分かってたよ俺は……」 そんな声が聞こえてきたが、由利はもうイマイチ気にしていなかった。最初に避けていたのは由利のほうだったが、二人が食事に行ったこともみんな知っているし、仲良くなっていても不思議ではないだろう。 それよりも今は藍の雰囲気を和らげるほうが優先で、周りの声はどうだってよかったのだ。 「チョコ、嬉しくない?」 「えっ、いや、え、うれし、嬉しいですけど……!?」 「じゃあそれ食べて、いい気分になってください。YURIさん、眉間に皺。みんな怖がってるから」 「う……」 トンっと眉間を指でタップすると、藍は気まずそうに視線を下へやる。もちろん、そんな二人のやり取りに周りのスタッフがごくりと唾を飲み込んだのも分かっていたが、気づいていないフリをした。 いくら年下と言えど、カメラマンにこんなことをするモデルなんて他にいないだろう。失礼とか不躾だとかそういうことで藍が怒るのではと周りが緊張したわけではなく、その場にいたスタッフは全員由利と藍に見惚れていた。 そんなスタッフを見て由利は少し優越感に浸る。由利の自慢の恋人はものすごくかっこいいのだと、声を大にしてそうは言えないけれど鼻高々だった。 「なんで急にあんなことしたの?ゆうり」 仕事終わり、一緒に麗のお見舞いへ向かっていると、助手席にいる藍がムスッと唇を尖らせてそう聞いてくる。最近ぼーっとしていることが多かったので車の運転も藍にはさせていないのだが、助手席でムスッとしている彼はなんだか中学生のように見えて、由利は思わず片手でくしゃくしゃと頭を撫でた。 「みんながお前の雰囲気に圧倒されてたから、和ませようと思っただけ」 「和ませるっていうか、びっくりしたんだけど……あんなところであんな可愛いことされて、手出せないなんてさ……生殺しじゃん。分かってんの?」 「あはっ。そうだね、生殺しだねぇ」 「嬉しくてニヤけそうになって危なかったんだよ?こっちは!」 「俺も、俺の彼氏かっこいいだろって自慢したくて大変だったよ」 「な……なに、それ。由利どうしちゃったの?なんでそんなに可愛いことばっかり、言うの……」 今までこの気持ちを隠そう隠そうと必死になっていた由利は、付き合ってからも藍のことを全て受け入れられていたかと言われれば、そうじゃなかったと思う。 藍にこの気持ちがバレるのも怖かったし、付き合ってからは家族や世間にバレるのが怖くなった。その中でも麗はよき理解者であり相談者で、由利にとっても大切にしたい妹のような存在で。 そんな彼女が守ってくれたこの命と人生を懸けて、由利は藍を愛そうと決めたのだ。 運命の番が現れたり、もしかしたら命を落として藍と離れ離れになっていたかもしれないと思うと、生きているうちに目一杯彼のことを愛したいし、愛されたいと思うようになった。たとえ自分たちがアルファ同士でも、兄弟でも、男同士でも、惹かれ合った運命を受け入れたい。なんせ自分たちしか、この愛を肯定できないのだから。 「藍のことが大切で、大好きで、愛してるから。だからYURIにも優しくしたいし、みんなに俺たちは仲良しだよって見せつけてもいいかなって。嬉しくない?」 「………嬉しくないとか言うわけないじゃん。でもほどほどにして…本当に現場で手出したら終わるから……」 「お前がそんなこと言うんだ?最初に現場で手出してきたのはそっちですけど〜」 「分かったよ、僕が悪かったって……」 いつも余裕たっぷりな藍が由利の態度にため息をついて困っている様子を見るのが新鮮だし、嬉しいと感じる。由利の言葉や行動ひとつでこんなにも彼が変わってしまうのだから、本当に好きでいてくれるのだなと思うのだ。 由利を好きすぎるがゆえに強引な藍にはいつもドキドキしているけれど、こうやって少し弱っている素直な彼のことも可愛い。そんな新たな一面を見せてくれた麗に、直接感謝を言いたい気持ちでいっぱいだった。 「――由利、」 「ん?」 「父さんからメッセージ…麗が起きたって……」 病院はもう目の前。 由利は思いっきりアクセルを踏み込んだ。 「ちょ、ちょ、由利!焦りすぎて僕らが事故ったら元も子もないって!」 「分かってる!分かってるけど、だって……!」 突然荒々しく運転をする由利の隣で藍が焦っていたが、麗が起きたのなら急がないわけにいかない。今までなら藍のほうがこの事態に焦って行動していただろうが、なぜか由利のほうが気持ちが急いてしまった。

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