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第10章:楽園 4
それからは目が覚めたばかりの麗に負担をかけないようにと早めに帰路につき、家に帰るとドッと疲れが押し寄せてきた。
二人でどかっとソファに雪崩れ込み息を吐く。そのタイミングが全く同じだったので由利と藍は顔を見合わせ、眉を下げて笑った。
「とりあえず、目が覚めてよかったね、麗さん」
「一時はどうなることかと思ったけど、まぁ、目が覚めるとは思ってたよ」
「ふはっ、そうだね」
「……何か言いたげだね?」
「べっつにー」
ぼろぼろ泣いていたし手の甲で乱暴に拭っていたからか、まだ赤く充血して腫れているというのにそんな強がりを言う藍が可愛くて仕方がない。本人も分かっているからか言った後にツンッと顔を逸らすのがまた可愛らしい。
そういうところを見るとやっぱり年下だなと思って、中学生や高校生の頃の藍ともっとちゃんと向き合っていれば、その頃の彼も同じように可愛かっただろう。惜しいことをしたなと思うけれど、あの時の自分は切羽詰まっていたし仕方がなかった。だからこそこれからの時間を大切にしたいのだ。
「由利が麗にうなじを見せたのは意外だった」
「さすがに、俺たちを命懸けで守ってくれた麗さんにはね」
「……嬉しかった」
「んん、」
由利を後ろから抱きしめ、うなじに唇を押し付けられると甘い熱が体中に巡る。メイクが落ちていないのでうなじの痕は見えていないけれど、噛んだ張本人である藍にはどこに痕があるのか分かっているのがくすぐったい。優しく口付けたあとにあむっと甘噛みされると体に小さい衝撃が走ってぶるりと震えた。
「ねぇ、病院で検査する前にもう一回噛んでみる……?」
「へ?」
「やっぱり、その……由利が変化がないって言ってるなら、番の契約と同じ条件下で噛んでみたほうがいいのかなって」
「そ、それは、うん、そうかもしれないけど……」
「……ゆうり?なんで心臓、ドキドキし始めたの?」
服の上から心臓を撫でられると、より一層どくんっと跳ねる。それが藍の手にも伝わったのか耳元でフッと笑われて、カーッと一気に体温が上がった。
わざわざ聞いてくるなんて意地悪だ!と叫びたかったけれど、今は夜だし近所迷惑にもなりかねない。文句を言いたいのをグッと堪え、由利は唇を噛んだ。
なんで、と言われても。
そんなの決まってるじゃないか。
「だって、なんかこう…雰囲気とか流れじゃなくて、今からしますって言われると恥ずかしくなるっていうか……」
今までは藍から強引に迫られ、流れに身を任せて行為をしてしまうことが多かった。恋人同士になってからは同じベッドで眠るとなんとなくそういう雰囲気になって、どちらからともなくキスをしたら『合意』の合図だった。
だから改めて『しませんか?』と言われると、それはそれでものすごく恥ずかしくなるのだ。
「え、可愛い。めちゃくちゃ可愛くない?」
「はっ?」
「そんなこと思ってる由利、ものすごく可愛い。可愛すぎてどうしよう?」
「ど、どうもしなくていいっ!」
「ダメ、可愛いから抱きしめないと」
くすくす笑いながらぎゅっと抱きしめられると、藍の匂いが香ってきてなんだか安心した。でもこれから『そういうこと』をするのかと思うとドキドキして、気恥ずかしくて目を逸らしてみたが、くいっと顎を指先で掬われた。
「僕から目を離さないで、由利」
「う、そんな……」
「いつも、カメラ越しにも、僕のことを見てて」
顎を持ち上げられたまま唇が重なり、キスをされながらふわりと由利の体が浮いた。そのまま横抱きにされてリビングから薄暗い寝室へ足を運び、由利の家にあるものよりも少し硬いベッドに押し倒されるとギシッと乾いたスプリング音がする。
顔の横に手をつかれ、欲情的な瞳が由利を見下ろしていてごくりと唾を飲み込んだ。
「………いい?由利」
「え…?」
「僕のオメガになって、兄さん」
――あの頃、由利を抱きしめながら一人で慰めていた藍が今のこの状況を見たらどう思うだろうか。
よくやったなと自分を褒めるか、こうなるまで時間がかかりすぎだと呆れ返るか。
あの頃の由利にも聞いてみたい。
藍とこんな関係になり、藍のオメガになるためにうなじを差し出す自分のことをどう思うのか。
「俺、本当はさ……」
「うん?」
「これから先、自分がアルファだから誰にも抱かれないって、だから誰かに抱かれる経験をしてみたかったなんて、ぜんぶうそだよ……」
「うん、」
好きになってはいけない人を好きになってしまった。
藍より3歳年上で由利は兄だったけれど、この気持ちをどうしたらいいのか分からない子供だったのだ。だから何かと理由をつけないと藍に触れられなくて、彼のことを肯定できなくて、挙げ句の果てに逃げただけ。
誰にも言えない恋なのは間違いないけれど、あの頃の自分に伝えたいのは――
「それでも諦めないでくれて、ありがとう……俺、藍がいてくれてすごく幸せ」
本来なら結ばれないであろう自分たちが惹かれあったことこそ、運命だということ。
誰にも認められない愛だけれど、お互いだけは味方で、これからも繋がっている深い絆があると確信できる。兄弟や家族という枠を超えた『運命』こそが二人を居場所であり、由利と藍が一緒にいればどこでも『楽園』になるのだから。
「俺を藍のオメガにして……お前の番になりたい、藍」
自然と涙が溢れてくる由利の目尻に口付けて涙を掬う藍は、口元に小さく笑みを浮かべて喜んでいた。そして耳元で「僕も番になりたい。愛してる、由利」と囁かれると、とろり、脳が溶けきってしまったかのように、由利は藍に身を任せた。
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