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お義父さん

「寂しい?」  木曜日の夜7時頃。わざわざ柾哉を連れて、まっさんがてつやの部屋…いやてつやが居る京介の部屋を訪ねてきていた。  柾哉にそう聞かれ、言葉に詰まりながらも 「さみし…くはないけどな」  明らかな強がりが、まっさんと柾哉を微笑ませる。 「もう色々は言わねえけどさ、早く京介戻ってくるといいな」  柾哉の肩を引き寄せて、頭を擦り付けあって見せつけてくるまっさんにてつやもイラっときた。 「お前らさ、どうなってんの?その、関係性はさ」 「え?カップルだよ?ね」  首を傾げてまっさんを見ちゃったりして、明らかに挑発して自分が京介に会いたくなるよう仕向けてるとてつやは疑っている。 「そうじゃなくってさ、やったのかどうかって」  やけになってるのか、てつやは言いたいこといって2人を引き離そうとするが、 「そんなの言うわけないじゃん〜。プライベートだよ、てつやくん。めっ!」 「めっじゃねえよ、気になってんだって」 「そんなの、これ見てわかんねえの?」  柾哉の頭を抱えてすりすりするまっさんを、てつやは今まで見たこともない光景を見た人のような顔をして見つめ、ーああ、はいはい…ーと、持って来てくれたビールを飲み干した。 「バカップルめ」 「そんなのお互い様じゃねえかよ。な?」 「ほんとだよ。てつやくんと京介くんだって十分バカップルだし」  まあ、刺激はその辺で、と思ったのか2人は離れ、お互いの飲み物を飲んで一息。 「あ、そう言えばさ」  てつやが思いついたように柾哉の顔を見て 「お前俺の仕事手伝わね?」  と急に言ってきた。 「てつやくんの仕事?」 「うん、なんかさ俺はあまり乗り気じゃなかったんだけど、森山…あ、ほら不動産屋のさ高校の時にいたやつがさ、法人にした方が税金優遇されるって言ってさ、法人はどうかと思うんだけど、まあ青色くらいはしようかなと思ってちょっとした会社みたいな物にしようかって思ってんだよ。そこの社員になんねえ?」  柾哉は今、まっさんの仕事を手伝いながらもファミレスのバイトをしたりして仕事は定まっていない。 「給料も出すし、会社にするには社員いないとだからさ。開業はもう少し先だけどもう求人かけてるし、俺のテナントビルの一室の小さいとこで事務所もできるしさ。頼むよ」  降って沸いた話にまっさんと柾哉は顔を見合わせてしまった。 「お前慰めに来ていきなり実業家の顔されるとは思ってなかったな」  まっさんが感心したように腕組みをして、柾哉は 「社員で使ってくれるの?やるよ〜手伝う!」  と大乗り気。 「まあ、仕事なんてたいしてないんだけどさ。帳簿はもし雇えたら経理の人にしてもらうし、柾哉の仕事はビルとマンション回って不具合とか住民の苦情の収集とか、見てもらう感じかな」 「やるよ、任せて!俺も正直(まさなお)くんにおんぶに抱っこじゃいけないと思ってたからさ。一緒にいるには対等で居たいし」  その言葉がてつやに刺さった。ー対等?ー 「対等って?」 「だってさ、俺のほうが稼ぎ低いからって正直(まさなお)くん気にしちゃうじゃん?ご飯もお家で食べさせてもらっちゃうし、外で食べる時も出してもらってるのはさ、いつもだと気が引けちゃうんだよ」 「何言ってんだよ、柾哉は俺の仕事手伝ってくれてんじゃん。持ち込みの組み立てだって1人でやってくれるし、助かってるんだから気にしなくたっていいんだぞ。まあ、うちから出るバイト代は多くはないけど」 「いやいや、わかってないね正直くん。俺だって男なんだよ。たまには正直くんにご飯奢ってあげたいし、ホテル代だって…あ…」 「あ〜、うん全て理解した。いい話聞いてたんだけどな。まあやることやってて何よりだよ」  柾哉は一応部屋を借りてはいるが、そこは壁が薄くてね、とフォローにならない言い訳をしてドツボにハマる。  何かが分かりかけた気がした。漠然とだけど、俺と京介(自分達)の関係になんだかその言葉が必要なような…『対等』それでもまだピンとはこなかった。  食事なんかは順番に払ってるし、家賃光熱費も完全折半。生活費も完全折半…どこにもお互いの負担はない…はずだけど、なにかがひっかかる。  それは今この場では答えが出なかった。 「悪いなてつや、柾哉が仕事もらっちゃって」  まっさんが軽く頭を下げてくるが、 「なんだよそれやめてくれよ、こっちが助かんのよ。俺は朝出社したくないし、柾哉に肩書きあげられるわけじゃないけど、知ってるやつ1人いたらちょっと安心だからさ」 「うまいこと使われてるぞ柾哉」 「乗っ取っちゃおうか」  そう言われて やってみろ〜と言い返されたとき、エントランスのチャイムが鳴った。  てつやは素早くたってパネルへ走る。  その動作に、まっさんと柾哉は小声で『待ってるよね京介くんのこと…』『完璧に待ってんな。素直になればいいのにな』などと言っていたが 「お父さん??」  というてつやの声に、パネルに映った人物を見ると京介の父親雄介がエントランスに立っていた。 「え、どうしたんですか?」 「ちょっと飲もうかと思って。ほら、持ってきた」  と酒瓶を掲げてにっこりする雄介にほっこりして、 「今開けます」  と、エントランスを解錠した。 「じゃあ、俺らは帰るわ」  まっさんと柾哉が立ち上がって、てつやの脇を通り過ぎる。 「一緒に飲めばいいのに」 「お前ね、『京介』の『親父さん』が来たんだぞ。ちゃんと話し合えよ」  まっさんは言い聞かせるようにそう言って、柾哉の背に手を回して2人で部屋を出た。  玄関を出たところで雄介と会い、1、2分挨拶と柾哉を紹介して、最後に 「てつやをお願いします」  と雄介に告げて、まっさんと柾哉は帰って行った。 「まっさんくんは、相変わらず卒がないねえ」  そう笑いながら玄関へやって来た雄介を、てつやは不思議そうに迎え入れる。  グラスを用意して、持って来てもらった惣菜も出し、ーまずは雄介に四合瓶から お酒を注いだ。   雄介も瓶を受け取って、てつやについでやる。 「京介は元気にやってるよ」  グラスを合わせた後、雄介はいきなりそう言って笑い、 「取り敢えず1番聞きたいことだっただろう?」  と、お酒を一口。  てつやは苦笑いをして飲もうとしたグラスを置いた。 「珍しいよね、君たちがこんな喧嘩をするのは」  ちびちびと舐めるように酒に口をつけながら、しみじみと雄介が語る。 「いやぁ、喧嘩っていうか…」  てつやもちびちびと酒を舐めて、言いづらそうに口ごもった。 「話はきいたよ、母さんからね。まっさんくんや銀次くんが、どうやら京介から聞いたらしくて、各お母さん方にも話が回ってるよ」  まあ、自分も話したしあいつらのことだから京介とも連絡はとってるだろうなと、酒を一口飲み下す。  今日ここに雄介が来たのもその話なのだろうが、でも一体何を話に来たのか…まさかうちの息子に何をとかそういう… 「てつやくんは、頑張っているよね。こう言ってはなんだが、あの状況から今の君になるには並大抵じゃなかっただろう」  そう言われて自身を振り返るが、結構いい人に恵まれて来ているから苦労はしたかもしれないが、あまり苦労とも思わずには来ている気はしている。 「もうご存知でしょうけど、夜の仕事と学校と受験の時は流石に身体がキツかったっすね、でもまあ…皆さんのご助力もありそこそこの苦労でここまでこられました。本当に感謝してるんです」  自分に食事やらを作ってくれた母さんたちだったが、それはまたその家の家計から色々捻出していることであったりするわけだから、総合的にどの家のどの家族にもお世話になっているということを、てつやは身に染ませている。 「そこはさ、まだ未成年だった君を、ましてや息子の友人を放っておくわけにはいかないという、母さんたちの気持ちがね色々やってくれたんだと思うよ。君も悪い方にはいかず、夜の飲み屋から真っ当に戻ってきたし立派だよ。裏新市街(あの辺り)はいい噂は聞かないから、結構心配してたんだよ、実は」  そう言う噂があるのも知ってはいたが、そこでもいい人たちに恵まれたからなんだと、色々話はしたいが今はそこではないと思う。

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