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第18話 朝ってどうしてこう時間が無いのだろう

※軽い暴力表現があります。苦手な方はお気をつけください。この話を飛ばしても大丈夫なようになっています。 🐻  世間は夏休みに突入。  主婦にはなにも関係がない。いつもの日々。 「おい。藤行。今晩父さんの上司と同僚が飲みに来るから、酒とつまみも作っておいてくれ」  旅行当日。  ルンルン気分でカレンダーを眺めていた藤行は大口を開けた。 「はあっ? 何言ってんの?」  俺もう出発するよ? 「いいい、今から⁉」 「そうだ。ああ、上司にお前の写真を見せたら『是非話をしたい』とおっしゃられてな。ついでに酌もしてくれないか?」  後ろにひっくり返りそうになった。  人の写真を勝手に見せるな。……うん。俺も青空の自慢しまくっているから人のこと言えないけど。 「いやいや……。何言ってんの親父。俺今日、旅行行くって言ったじゃん。何日も前から」 「父さんが世話になっている上司だぞ。それにだいたい、俺はまだその、なんとかという奴を認めてない」  何の許可が必要なんですか。 「それと俺の作業着は?」 「クリーニング」  親父が出せって言ったのに、真っ赤になって怒りだした。 「なっ! なんでまだ取りに行ってないんだ。今日必要なんだぞ、あれ」 「作業着汚れまくってたから一週間はかかるって言っ……」 「早く取りに行ってこい!」  ずんずんとコーヒーを淹れに行く父親。  え~? 取りに行ったところでまだ出来てないと思うよ。まあ、一応聞きに行って、無理そうなら予備のやつを引っ張り出せば……。  すぐに向かおうとしたところで、どたどたと青空が階段から下りてくる。 「兄ちゃん! 俺のバスケシューズ知らない?」 「それなら庭で天日干ししてるぞ」  軽くブラシで洗っておいた。暑いのですぐに乾く。 「なああっ。俺の寝間着も知らない? 合宿用の。用意しておいたのに」 「ええ?」  掃除以外で弟の部屋には入らないから知らないぞ。 「一緒に探して」  困り果てた様子の弟にキュン……している場合ではない。二階に駆け上がろうとしたところで、リビングから声がした。 「藤行! 先にクリーニング行ってこい。父さんのはすぐに必要なんだぞ」 「あああ、待って。すぐ行くから」  弟と二階へ行き、寝間着を探す。入るたびに増えているトロフィーの輝きが出迎える。  青空は散らかす方ではないのに、見当たらない。 「落ち着け。冷静に考えろ俺。青空が可愛すぎて空き巣が持って行ったのかもしれない!」 「それはないって。もっと冷静に考えて」 「洗濯機~? いや、入れた覚えないな」  さっとスマホを取り出す。 「警察に……」 「だからそれはないって! やめてはずい」  弟が縋りついてくるので仕方なく諦める。  部屋の中のものをすべて逆さまにしていると弟が「あっ」と声を上げた。 「どうした? Gか?」  丸めた雑誌を片手に向かうと青空が気まずそうに笑っていた。 「寝間着、あった……。自分でタンスに、そういえば、仕舞ったの忘れてたみたい」 「そうか」  弟はしゅんと落ち込む。 「兄ちゃん。ごめん」 「何言ってんだ。見つかって良かった。じゃあ俺、クリーニング行ってくるから」  でででと階段を下り、財布と上着を掴んで駐車場へ。自転車は親父の車と一緒に駐車場に押し込んである。 (あ~。免許取ろうかな?)  立ちコギで自転車を走らせ、スーパーの隣の24時間やっているクリーニング店に到着。自転車から降りる頃には汗だくになっていた。 (なんで上着持ってきたんだ、俺)  自動ドアが開く。  涼しいクリーニング店に入るとホッとした。店員さんに話しかける。 「いらっしゃいませ」 「こんにちは。あの」  駆け寄り事情を話すと、お姉さんは何かの表のようなものを確認してくれた。 「ええっと……。工場の方で染み抜きをしておりますので、あと三日はかかります」 「ですよね……」  分かっていたことだが肩を落としてしまう。 「お邪魔しました」 「あの。お気をつけて」  焦りが伝わったのか、お姉さんに気を遣わせてしまった。  急いで家に戻り、予備の作業着を探しているとリビングのソファーから大声がした。 「藤行。ちょっと来い!」 「なに? いそがしいのに……」  目を回しながら行くと、テレビを見ていた親父がじろっと睨んでくる。 「俺の弁当はどうした? 台所探しても見当たらないぞ」 「は?」  頭が真っ白になった。  固まっていると苛立たしげに腕を掴んで揺さぶってくる。 「弁当だ。まさか作ってないのか?」 「今日はいらないって言ってたじゃん」  カッとなった父親が腰を浮かせる。 「馬鹿野郎ッ!」  平手が飛んできた。  どてんと尻餅をついた。視界がかすみ、ジンジン痛む頬に呆然となって父親を見上げる。  また…… 「今すぐ作れ。今日は上司の方がいらっしゃるから、普段より気合いを入れて作れよ? ああ、そうだ。カニクリームコロッケの話をしたら食べたがっておられたんだ。俺のとは別に、上司の分も作っておいてくれ」 「……」  機嫌よくソファーに座り直すも、動き出さない息子にいらっと眉を歪める。 「何をぼさっとしている。早くしろ! 家のことをすると言ったのはお前だろう」  唾を飛ばして怒鳴る父親の姿に、はあとため息をつく。 (久しぶりに殴られたな)  普段は子どもに興味のない父親だが、不機嫌になると息子に当たるようになる。  よろめきながら起き上がる。冷蔵庫に弁当の材料がない。買いに行かないと。  スーパーはまだ開いていないので、コンビニに赴き適当に買い込む。  帰宅して、勝手に手が動くほど作り慣れた弁当作りを開始。  いい香りが家に充満する。 「いいにおい~。うわ! 兄ちゃん。汗だくじゃん。ポカリ飲む?」  とくとくとくと弟が俺の好物をコップに入れてくれる。涙出そう。 「ありがと」 「……? 兄ちゃん、顔腫れてない?」 「暑さで腫れたんだろ」 「紫外線にそんな力ある?」  ポカリを一気飲みして、ふうと一息。 「なあ。俺の弁当作ってるの?」 「え? は? お前は今日部活の仲間と食べてくるんだろ?」  弟はひょいとソーセージをつまみ食いすると、咀嚼しながら青いスマホを取り出す。 「うまっ。……さっきメールでさあ『弁当持参』に変更になったって」  がらがらと崩れ落ちそうだった。  ひ、一人分の材料しか買わなかった……。 (いや待て! でかいお結びを作って卵焼きでも詰めておけば……)  いいかもしれない。弟はお米をモリモリ食べる米好きだ。パンより米派。  よし! これなら切り抜けられる。 「いいぞ。すぐ作るからな」 「サンキュー。兄ちゃん愛してる。あ、ナポリタン入れてね?」  愛してるだって。でれでれ。  ナポリタンね。ちゃちゃっと作っちゃう。 「おい。藤行。父さんの財布知らないか?」 「玄関」 「……。父さんに冷たくないか? もっと青空と話す時のようにできないのかお前は?」  息子を殴ったことなど忘れたような顔で、手元を覗き込みに来る。  もそもそと卵焼きをつまみ食いしている存在に眉根を寄せ、フライパンの上でケチャップを絞っている藤行の髪をさらっと掬う。 「伸びてきたな。そろそろ結べそうだ。お前はすぐに髪を切ってしまうから、勿体ない」  首を傾けて親父の手から髪を引き抜く。 「そういえば、エプロンしないのか?」 「あ、忘れてた」 「そそっかしいなお前は。やはり藤行には父さんがいないと駄目だな」  うんうん頷いている親を無視して、いつもの癖で時計を確認する。朝の七時半を回っていた。 (あれ? もう一つ忘れているような……)  ピンポーン  我が家のチャイムが鳴った。

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