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第28話 想いを告げようとしたら

「伸一郎さん。俺――」 「藤行。俺と付き合わねぇ?」  十分ほどなにも喋らなくなった藤行に目を向ける。  目を点にして固まっている。  そのうち復活するだろうと伸一郎は頬杖をついて気長に画面を眺める。 「何言ってんのっ⁉」  復活した。 「お帰り」 「ただいま――じゃなくて! え? はっ? なに? なんて言った? さっき」 「お前が好きだ。付き合おう」  「今日風きついな」くらいのテンションでさらっと告げられ、新雪のごとく脳内が真っ白になる。 「へ? は? ば? あ、か、買い物に? 付き合うって意味?」 「……? 俺の彼氏になれよ、って意味」  十分経つが、後ろにひっくり返ったまま藤行がまた戻ってこない。時計を見た伸一郎は布団を敷き始める。 「もう遅いし。泊っていくだろ?」 「あ、あの……。あの……」  よろよろと藤行が歩いてくる。  「おう。寝るか」と言いかけたが藤行に胸ぐらを掴まれた。 「何言ってんだテメェエエエエエ!」 「近所迷惑」 「おま、お前! ふざけんなよ! なにを春風の如くさらっと言ってくれてんだ」 「ロマンチックに言った方が好みだったか?」 「おま、おま……」  俺がどんだけ悩んだと。  付き合うの嫌なんじゃないのかよ。  俺のどこが好きなの。  疑問が次々沸き上がり、真っ白だった脳内が埋め尽くされる。 「……っ」 「はあー? 何怒ってんだよ。うぜぇな。……まあ、お前は怒った顔も悪くないけどよ」 「!」  抱きしめられ、キスされる。  泣きたくなるほど嬉しくて、渾身の力で突き飛ばした。 「なんだよ。最近素直になってきたなと思っ」 「俺が言おうと思ったのに!」 「?」  布団の上に正座すると伸一郎も目の前に座った。 「お前が……付き合う関係が嫌とかほざいてたから! でも、お前みたいなクズ好きになっちゃって……。想いを告げたいのに、これを言ったら捨てられるんじゃないかって……思って。馬鹿みたいじゃんか……。俺が」  頭の中がちっとも纏まらない。こんがらがった糸のようだ。  それどころか鼻の奥がツンとして、涙が滲んでくる。 「? ああ。たしかに俺は束縛されるのが嫌いだな。会いたいだの何時にデートだの、自分のペースを崩されるのが、相手殺したくなるほど嫌だな」 「じゃ、じゃあ! なんで俺には? 俺とはつ、つ、付き合うなんて……」  伸一郎が「言わなきゃわからねぇ?」みたいな表情をしていて、涙が引っ込むほどいらっとした。  藤行は近隣住民のことも忘れてがなる。 「俺だって束縛するぞ! 突然会いたいって言うかもしれないし、デート行きたいだって言うに決まってる。クズに惚れたのは俺の責任だから多少のことは我慢するけど! っ、けど――」  多くのセフレの存在にはきっと耐えられない。 「自由やセフレを手放してまで、俺と付き合う方が良いって言うのかよ?」  顔を上げると、伸一郎は目を丸くしていた。  滅多に見ない彼の表情に勢いが消える。 「え、えっと? 伸一郎さん?」 「あ、ああ」  彼はハッと我に返った様子で、顔を背けて腕で口元を隠す。だがその隠しきれていない顔は紅潮していた。 「どうしたの?」 「いや、そんな。熱烈な言葉を言ってもらえるとは、思ってなくて、な」  はあ?  そんな言葉言ってないし、と顔をしかめかけたが。 「束縛するだの会いたいだの。デートしたいとか惚れたとか。……ちょっともう一回言ってくれるか? 録音する」  急げ急げと操作している伸一郎の手からスマホを奪い取り、部屋の隅にぶん投げる。 「俺のスマホ!」 「ここ五分の記憶消せ!」  言った。言ったわ。熱烈な言葉。いや、全然無意識でしたけど。  布団に蹲るも、彼のにおいがして逆に落ち着かない。  大きな手が、背中を撫でてくる。 「そうか。俺のせいで悩ませちまったみたいだな。――悪かった」 「伸、一郎さん……?」  顔を上げると、彼は苦々しく笑っていた。 「グダグダになったけど、お前が嫌ならセフレとは縁を切る。何なら今ここで、連絡先消してもいい」  スマホを拾ってくると、『消去しました』画面を俺に見せてきた。  焦ってスマホを奪い取る。 「え? も、もう消しちゃったの⁉ ば、馬鹿! 友達もいるんだろ? そんないきなり……」 「お前の嫌がることをして鳴かせるのは好きだが、本当に嫌な思いをさせたいわけじゃねぇ」  スマホをそっと取り上げられ、強引に抱き寄せられる。伸一郎の膝に座ることになるが、彼はちっとも重そうじゃない。 「束縛は、嫌なんでしょ?」 「なに可愛い顔してんだ。ああ、束縛されるのは嫌いだ」 「んん?」  よく分からんと首を傾げる藤行に、にっと白い歯を見せる。 「鈍いなぁ。それ以上にお前が好きってこった」  久々に風俗に行った帰りだった。  大抵はセフレを呼びつけるか連絡もせず会いに行くか、なのだが。その日は気分を変えたくなった。我ながら気まぐれなので特に何も考えず、ハッピを着て声掛けを頑張っている者を引っぺがして歩いていると。 「―――っ」 「―――!」  裏路地の方から争うような声がして、チンピラ二人が笑いながら出てくる。 「背が高いと思ったが、学生かよ」 「ですがきれいでしたね。いっぱい稼いでもらいましょ。ひゃっひゃっひゃっ」  ――へえ?  そんな美人がいるのか。ぜひ挨拶に伺わないとなぁ?  知り合いは多いに越したことはない。美しいならなおさらだ。  チンピラたちをしばいて学生証を取り返し、路地に入ると誰かが蹲っていた。 (男か。ちょっと細いが。……まあ、入るだろう)  自分の無駄にでかいブツが入るかどうか。相手のケツを見ながらしゃがむと気づいたのか振り向いた。 「え?」 「よお」  まあまあ、美人だった。  良くて中の上。モデルや妖精、同じ人類か怪しくなるような美貌を持つセフレに囲まれている伸一郎からすれば、中の下でもいいかもしれない。  それなのに、目が離せなかった。  つまり一言で言うと、  タイプど真ん中だった。  そこまで美しくもないが、伸一郎の本能を殴りつけてくるような、好みの顔。  恋するとハートを矢で射抜かれる。  とすっと可愛い衝撃が走ると聞くが、伸一郎の場合は水風船を散弾銃で粉砕された衝撃だった。  破裂した水風船(ハート)に呆然となる。  だが同時にぞくぞくっと良からぬ思いが浮上する。  ――これは、お持ち帰りしないとな。  所詮はセフレ。身体だけの関係。容れ物が美しければどうでもいい。中身なんて。 「アロエちゃん頑張れ! くうう。かわいい。がーんばれ! がーんばれっ!」  ――いや。うん。中身も、大事だな……。大事だわ。  三十分も興味のないアニメを見せられ、元居た場所に戻してこようかと思った。  しかしこの顔を諦めきれない。味見してみると俺の好きな童貞であることも判明した。  「初々しい」「慣れていない」がどうしても含まれるからな、童貞は。からかいがいがある。 「ああ。だからお前も俺に惚れたりするなよ? だるいんだよ。一回抱いただけで彼女彼氏ツラされるの」  こいつは切りたくないので釘を刺しておく。でもなー。惚れるなと言っても惚れてくる奴はいるんだよな。そういう奴とは即縁を切っている。めんどくせぇ。  藤行と名乗ったオタク野郎のケツ穴は小さかった。全部挿いらねぇ!  ちょっと動かすと可哀想なくらい泣いた。ぶっさいくな泣き顔だなオイ。  不細工なはずなのに、ブツはちっとも萎えなくて。それどころか「もっともっと!」と焦らせてくる。なんだこの気持ちは。  そのせいで気絶させたのは、一ミリくらい悪いと思っている。  薬を渡して帰したが、俺は重大なミスに気付いた。 (連絡先交換してねぇし、住所も知らねぇ!)  やっちまった。  藤行のことでなんだか頭がいっぱいで、いつもの(勝手に)連絡先交換を忘れていた。 「チッ。何やってんだ俺は」  あれだけの上玉を。  二度と会えないだろうに。 「――クソ!」  苛々してタバコを買いに戻ると、部屋の前に人が立っていた。  セフレの誰かだろう。ちょうどいい。めちゃくちゃに抱いて、憂さ晴らしを―― 「おおい! 呼び鈴壊れてんじゃねえか」  ぽろっとタバコが手から落ちる。  あの声は。 (藤行⁉)  伸一郎は階段を二段飛ばしで駆け上がった。 「まあ、入れよ」  もう、逃がさない。身体から篭絡させて、俺しか見えないようにさせてやる。
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