29 / 43
第29話 食べきれない甘い菓子
🐻
電気を消した部屋で、藤行は伸一郎と同じ布団で転がる。
「えーっと……? つまり俺の顔に惚れたって意味?」
「そうだが?」
そうだが? じゃないんだよ。
彼の服を寝間着代わりに借りた藤行はまた生足スタイルになったが、暑いからもうこれでいいや。
藤行が眠そうにした途端、伸一郎は飯を作れとは言わなくなった。泊っていけと言われたので、話したいことがまだあった藤行は素直に布団で横になる。
横で寝ている男はハーフパンツ一枚の上裸。
薄い布団一枚かけているだけなのでドキドキする。
「ほれ」
「へ?」
伸一郎は腕を伸ばしてきた。
「枕ないと寝づらくないか? 腕を枕にしていいぜ?」
腕枕。
「……い、いいいい、いいの?」
「何を遠慮してんだ?」
早く、と言いたげに見てくるので頭を乗せる。
あ、高さがちょうどいい。
「もぎゅううううっ」
「おい。布団に潜るな。なんだよ。俺の腕が不満か?」
腕に頭を乗せているだけなのに。においやあたたかさ。抱きしめられている以上に彼を近くに感じてしまい、感情がごっちゃになる。
でも暑いので布団から鼻から上だけを出す。
「じゃあ、伸一郎さんは。俺の顔だけが好きなの?」
「そんなこと言ったか?」
「顔に惚れたって……」
「どこに惚れようが俺の自由だろ?」
そ、そういうことでは。
「俺が事故とかで、顔が変わっちゃったら、もう。お……俺のこと好きじゃなくなるの?」
「顔が変わったくらいで、俺から逃げられると思ってんのか? おめでたい思考してんな。お前」
嬉しくて、彼の身体にぎゅっと抱きつく。
「うんっ。俺も。伸一郎さんのこと、大好き。たとえ伸一郎さんがクズから真人間になったとしても……。真人間な伸一郎さん、想像したらキモいな」
「へええええ?」
どうして俺はこう、余計な一言を言ってしまうんだろうか。素直だからかな?
ゴロンと身体の向きを変えた伸一郎に抱きしめられる。
「そんなわけで、これからよろしくな?」
「俺の彼氏になった、ってことで、いいんだよね? 伸一郎さんは、俺のものだよね?」
なんか可愛いことを必死に確認してくる藤行のおでこに、ちゅっとキスをする。
「あー、はいはい」
「真面目に答えろよ!」
ムッと怒る彼を腕の中に閉じ込める。
顔に惚れたのは本当だ。
――まだ幽霊の方がマシだよ
――俺やこの周辺の人が焼け死んでも良いけど、弟に何かあったら
藤行のどこかずれた発言や考え方が面白くて。
掃除している横顔に見惚れて。他人の部屋を無償で掃除しようとする行動力に驚かされる。しかもそれが弟のためとか意味わかんねぇな。
服は破り捨てたくなるほどダサいのに。ちょっかいかけるとエロい顔をする。これがまたたまらない。
いつの間にか暇さえあれば藤行のことを考えている。しかもクソ恥ずかしいことに、無意識で選んだラグの色が――
篭絡されたのは、俺の方だった。
「愛してやるよ。藤行」
「なんで上から目線なんだよ! 物理的にも性格的にも頭が高いぞ」
文句を言いながらも頬を擦り寄せてくるのが可愛らしい。
「あのさ。俺も伸一郎さんに嫌な思いさせたくないし。ででで、デートとかしたいときは、どうすればいいわけ……?」
待ち合わせとか、嫌なんだよね? と見惚れそうになる目で見上げてくる。藤行は本当にきれいで、油断しているとどきっとしてしまうのが悔しい。猛烈に。
「ああ。待ち合わせは嫌いだ。だから勝手に来い」
「へ?」
「今から行く、とかウザい連絡寄こさなくていい。俺に会いたくなったらいつでも来い」
藤行は目を丸くする。
「そんなんでいいのっ? ニートでも予定とかあるでしょ?」
「合鍵渡しておく。居ないときは居ないけどよ。お前なら勝手に入ってこようが何しようが、俺は気にしねぇ。夜中でもな」
「極端なこと言うけど。伸一郎さんが寝てる時間にこっそりやってきて、テレビ見ててもいいってこと?」
簡単に頷かれた。
「いやそれは流石に! ほら……プライベートとか」
「来てほしくない奴に合鍵渡さねぇよ。むしろずっと居てほしいし、お前が遊びに来てくれるだけで、俺は嬉しい」
「……」
愛した人に、こんなに好きになってもらえるなんて。世界一甘いお菓子のような日々を、送れるようになるのだろうか。いや、そんな日々にしてみせる。
俺だってしっかり伸一郎さんを幸せにするもんね!
「あ、でも『今は帰ってほしいな』って思ったら素直に言ってよ? それぐらい理解するから」
意味が解らないと伸一郎は顔をしかめる。
「はああ? 帰ってほしくないとは思ってるけど。お前に帰ってほしいと思う瞬間って、なんだ?」
ゆでだこ状態の藤行がまた布団に沈む。
「だから顔を隠すなって。照れた顔も怒った顔も全部見せろ」
「もうやめて!」
ドドドドと注がれる彼の愛情に、心が受け止めきれない。暗かった心はすでになく。ピーチソーダのような煌めきで満たされていく。
頭からぷしゅーと煙が上がりそうになる。
誤魔化すように彼の胸をつんつんとつつく。
「う、浮気しないでよ?」
「スマホにGPS入れてもいいぜ? パスワードも教えておくからスマホも勝手に見ろ」
「ええっ? 駄目でしょそれは」
伸一郎はなんでもなさそうにあくびをする。
「お前が浮気を疑うのは俺が不安にさせてるって意味だろ? 俺は藤行には笑っていてほしいから」
「黙れああああああっ!」
限界。
🐻
「だから、無駄遣いするなって言ってるだろ!」
「…………はあ」
「人の服を見てため息をつくな!」
同棲を始めたわけではない。一週間でも放って置こうものなら汚部屋にミラクルチェンジする魔境の片付けのためだ。
それでも、入り浸っていることには変わりはない。
一度「本当にいいのかな?」と思い真夜中に伸一郎の家に侵入し、深夜アニメをぶっ通しで見たこともあった。家で深夜アニメを見ていたら親父がうるさいと起きてくるので、リアタイ出来ないのが不満だった。
電気はつけなかったが家の主は一度も目を覚まさず、朝になるとのんきに「来てたのか」と言うだけで、かなり居心地がいい。
そ、そう。アニメと掃除のために来ているのであって、別に深い意味は……
「節約を覚えろよ。ニートなんだから」
「なんだよ。収入ならあるだろ?」
「競馬で勝ったことをさも仕事して稼いだだろみたいに言うな」
伸一郎は煩わしそうに首をこきこきと鳴らす。
「うるっせえなぁ……。素直にお帰りって言えねぇのかよ。金が入ればなんでもいいだろ」
玄関で靴を脱ぎ散らかす伸一郎の頭をお玉でぽこぽこと叩く。
「靴そろえろ! 競馬なんてずっと勝てるもんじゃないだろ」
「仕事だって、会社もいつ倒産するか分からねぇだろー?」
(ああ言えばこう言う……)
むぐぐっとお玉を握る。
「それに無駄遣いしたわけじゃあねぇぜ? ちゃんと役に立つものを買ってきたんだ」
「へえぇ? 伸一郎さん。いつも無駄な物しか買ってこないからつい……。で、何買ったの?」
ラグの上に座り、わくわくと表情を輝かせる。伸一郎は自慢げに笑うと買い物袋を逆さまにした。
出てくるのはどれも、見覚えのない物。
細長いガラスのようなものを手に取る。
「なにこれ。オブジェ? 玄関にでも置くの?」
「尻穴拡張グッズ」
お玉を脳天目掛け振り下ろすが白刃取りされた。
「無駄遣いすんなって言ったろ!」
「しゃーねーだろ。ほぐすだけじゃ限界があるんだから。お前の尻」
藤行は顔を赤くしてばっと尻を両手で隠す。
「アホか!」
「いや俺結構真面目に悩んでるぜ? 毎回根元まで入らねぇから。無理に入れても良いけど血みどろになるし」
「怖いこと言うな。入らなくてもいいだろ」
「俺が満足できねぇだろー?」
「……っ、それは」
藤行だって伸一郎を満足させたいとは思うが、これは。
「どうやって使うの? 痛いのやだよ?」
「まず細い奴から順に入れて、だんだん太いもので広げていくだけだ」
「……ヤる前の、一時間前くらいに? い、入れておけばいいの?」
言いづらそうにもじもじする藤行に、この場で突っ込んでやりたくなった。
「一日中」
お玉が飛んできた。
「ああ⁉ 一日もこんなもん入れて生活できるか。それになんだこの三本目のやつ。太すぎるだろ。尻壊れるわ! お前、俺が垂れ流しになってもいいのか?」
「垂れ流し……?」
伸一郎は顎を撫で、考える素振りをする。
「エロくていいんじゃねぇか?」
「強すぎる! ちょっとげんなりするなり萎えるなりしてくれ」
机に突っ伏す藤行の手から一番細い物を抜き取る。よく見れば三角形のように底が広がっており、巻き貝に似た形状になっている。
「ほれ。さっそく始めるぞ。尻出せ」
「よ、用事思い出したから帰……いやああぁっああぁ!」
聞き耳を立てずとも聞こえてくる悲鳴に、アパートの住人はため息をつく。
グラブジャムンには、程遠い。
終わり
ありがとうございました。
終わりと書いてありますが、ここからちょい長めの番外編が始まります。
ともだちにシェアしよう!

