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第30話 その後①

 喫茶店でぼーっとしている。最近、恋人に会いに行っていない。愛想が尽きたわけでも、会うたびに抱かれて疲れるから、と言うわけでもない。  心配をかけたらしく、一度恋人からメールで「ケツ裂けたか? 見舞い行こうか?」と着たが、違うんだ。 「秋アニメが始まったからしばらくテレビの前から動けない……っ」  録画機能はあるし最近ではモーチューブでも見れる。だがファンとしては、第一話はリアタイ(放送されている時点で視聴すること)で見たい! 正座でな。  この想いを長々三十行くらい綴ってメールを返信した。二秒後に「おっけ」と多分全文読んでない返事が来たが、分かってくれたはずだ。やはり心配をかけたくないしな。俺が元気であると伝えておくのも大事だ。 「ふぅ」  付け加えるように「俺は元気だから」と打ち、スマホを鞄に仕舞う。  することもなく、のろのろとストローでクリームソーダをかき混ぜた。アイスと緑の液体が混ざり合う。  苦手だが、年に数回猛烈に食べたくなるリンゴパイにフォークを刺す。シナモンもふにゃっとした食感のリンゴも苦手なのに、不思議な話だ。  カランコロン。  喫茶店の入店を報せる鐘が鳴る。 「いらっしゃいませ。一名様ですか?」 「――」  店員と何か話しているようだが関係ない。ちらっと窓の外を見ると、今にも降り出しそうだった。 「藤行」 「え?」  呼ばれたので顔を上げると、顔見知りの男性だった。 「宮治(みやじ)……か? 久しぶりだな」 「へへっ。覚えててくれたんだ」  中、高と奇跡の同じクラスだったのだ。青空と恋人以外はサトウキビにしか見えないが、そこまで白状ではない。それにこいつは部活も頑張っていた。  学生時代とちっとも変わらない笑顔でニカッと笑うと、「ここいい?」と対面の椅子を指差してきた。  手のひらを上に向ける。 「どうぞ」 「おう。ありがとな」  鞄を横の椅子に置いて、宮治はどかっと椅子に腰かけた。 「コーヒーとバニラ……いや、やっぱお任せアイスセットで」 「かしこまりました」  店員さんは頭を下げると奥に引っ込んでいく。  そわそわと落ち着きのない宮治が身を乗り出してくる。 「久しぶりじゃん! ……うげげっ! なんだその服」  ん? 俺のアロエちゃんシャツがどうした。  ニヨニヨと自慢げな藤行。宮治は何か思い出したらしく「あーそうだったわ……」と頭痛そうに眉間を揉んでいた。 「何でもない。いま、何かやってんの?」 「アップルパイ食べてる」  見てわからんのかと見つめ返すと、宮治はがくっと項垂れる。 「あー……その。仕事とか? バイトとかやってるのかなって、さ」  ああそういう。 「主夫やってる」 「はあっ⁉ 結婚したの?」  店中に響く声。店員が驚いた様子で顔を出し、声を出した本人が一番びっくりしていた。俺もフォークを持ったまま固まっている。 「あ……。ごめん」  店員にも気まずそうに頭を下げ、すとんを腰を下ろす。  藤行はキーンとする耳を押さえる。 「どうした?」 「すまん! 大声出して。え? で、だ、誰と……?」 「いや、ほら。うち母さんいないじゃん? 仕事で。俺が家のことしてるって意味」 「あ」  宮治はたははと恥ずかしそうに頭をかく。俺もつられて苦笑する。 「そうだったな。俺は見ての通り! サラリーマンだ」  えっへんと胸を張り、ピカピカのスーツの衿を引っ張る。 「仕事大変か?」 「まあな! でも一番入りたかった会社に就職できたから、目ぇ回るけどやりがいがあるぜ」  宮治の笑顔が輝いている。藤行には眩しいばかりだった。 「お待たせいたしました。お任せアイスセットです。お飲み物は熱いのでお気をつけください」 「ありがとうございます!」  人懐っこい笑みを向け、店員さんにぺこぺこお辞儀している。  宮治のこういうところが好ましかったので、藤行は笑み滲ませてストローを銜える。  店員さんが去ると、宮治は頭を抱えた。 「え? どうした? 頭痛か?」 「抹茶だ……。俺無理なんだよ」  宮治の皿にはイチゴアイスと鮮やかな緑のアイス。 「素直にバニラアイスにすればよかったのに」 「こっちの方が百円もお得なんだぜー? くそー」  宮治は皿を持ち上げて突き出してきた。 「やるよ」 「お前なぁ……。うん。じゃあ、一緒に食べるか」 「ああ!」  手を伸ばして抹茶をフォークで掬う。 「……苦いな」 「イチゴうめー」  クリームソーダが甘かったので抹茶の苦みがちょうど良い。  宮治が藤行の手元に目を落とす。 「もしかして。リンゴパイ食べたい時期?」 「ん? おお。そうそう。よく覚えてたな」 「まーな。お前のことはな」 「?」  もしかして、親友……だから、とか? 俺もことそう思ってくれてたのかな。 (だと嬉しいな)  部活もやってなかった俺は友達が少ないからな。こうやって、学生時代の時のように声をかけてくれたの、すごく嬉しかったりする。  頬を緩ませていると、宮治がじっとこっちを見ているのに気づく。 「……宮治?」 「あ、ああ。すまん。あの、さ。変なこと聞くけど」  照れくさそうな顔で宮治は窓の外を見たりアイスを見たりと忙しない。そういえば座った直後からそわそわしていたな。  藤行はスプーンを銜えると、店の奥を指差す。 「トイレならあそこだぞ」 「へ? なんでトイレ?」 「ずっとそわそわしてるから。違う?」  カーッと宮治が赤面した。 「えっと。そうじゃなくて。藤行お前、彼女、いるのか?」 「いません」  熊みたいな無職彼氏ならいます。  宮治はどういうわけか、俺の手を握ってきた。 「藤行。俺とっ……付き合わない、か?」  ぽかんとなった。宮治の手は熱いくらいだ。  真っすぐに俺を見ているので、冗談ではないのだろう。 「すまん。付き合ってる人がいるんだ」  がくっと宮治はずっこけた。 「はあ? 彼女いないって言ったじゃん? お、俺を拒む嘘ならやめてくれよ? あ! もしかして青空と付き合ってるとか、言うんじゃないよな?」 「あ?」  じろりと宮治を睨む。 「お前まさか。青空に気があるのか……?」 「いま俺、お前に告ったよね?」  がたんと立ち上がる。 「お前! 青空は嫁には出さんぞ! どうしても欲しいなら俺が相手だ」  あいつには光先輩がいるんだ。邪魔はさせん!  胸ぐらを掴まれるが、宮治はほろりと涙を拭う。 「懐かしいな。このブラコン度合いと青空のことになると話通じなくなるの」 「青空のこと見てたのか? 言え! いつだ! いつから青空のこと好きだったんだ⁉」 「だぁぁぁぁかあああぁあぁらぁぁぁぁぁ! 俺が好きなのは、お前っ」  騒ぎ過ぎたのか、店から追い出された。お金は払いました。 「どういう意味だよ。青空に興味ないのか? 正直に言えよ?」 「正直に言うわ。このブラコン」 「青空について話し合う?」 「嫌です」  スタッバで秋のパンプキンラテを注文し、公園をぶらつく。面積が広く木々が多いので涼しい風が吹く。 「じゃなくて、俺はお前が好きなの。……つ、付き合わない、か?」 「付き合ってる人がいるから、ごめん」 「証拠は?」  むすっと拗ねている。藤行はポッケに手を突っ込み……入ってなかったので鞄からスマホを取り出す。 「写真見せるよ」  スマホ操作するので自販機の隣のベンチに腰掛ける。宮治は隣に腰掛け、覗き込んでくる。 「……あの、見られたくない画像もあるから」 「あ! すまん」  ぱっと顔を離す。 「はいこれ」  スマホを差し出す。パンプキンラテを置いて何故か手を拭くとスマホを受け取った。  画面に映る熊と相撲取れそうな男。 「…………画像、間違ってない?」 「え?」  藤行も覗き込むがちゃんと恋人が写っている。 「この人だよ?」 「へ? はっ⁉ お、おおおお男じゃん。もしかしてデカい女……いや、男だな?」 「男だよ」 「……」  呆然と俺を見たのち、がしっと肩を掴んでくる。 「おま! 男が好きなのか?」 「えっと」  瞳が泳ぎ、藤行の目元が少し赤くなる。抜群に可愛かった。 「性別とか、関係なく。俺は、しん、その人が好きだ」 「……っ」  恋をしている瞳だと分かったのだろう。宮治はのろのろと手を離した。  額に手を当て、大きなため息を吐く。 「はぁ~。なんだよ……。ゲイとかホモとかいう、噂が、立つリスク背負って告ったってのに……」  宮治の手からするりとスマホを引き抜く。 「ゲイ、ではないのか?」 「ああ……。男に興味ない。お前、以外」  ざぁっと、風が木の葉を騒がせる。  さらに曇った空を見ていると、宮治がパンプキンラテをぐっと一気飲みする。 「……駄目、か?」 「ん?」 「俺じゃあ。駄目か?」  宮治の顔も火照っており、少しドキッとしてしまった。  ぱっと顔を逸らす。 「ごめん……」 「そ、か……」  宮治が本気で落ち込んでしまい、小雨が降りだすまでその場から動けなかった。 🐻 「ごめん! 伸一郎さん」 「おう」  家より近いので彼氏の家に押しかけた。海に落ちたような藤行を見て、股下が二メートルくらいあり垂れ目なのに目つきが悪いけど顔の良い男は、風呂場からタオルを持ってきて投げる。 「お風呂、借りていい?」 「好きにしろ」  ぼりぼりと腹を掻きながら家主はテレビの部屋に戻っていく。 「……」  タオルを握ったまま背中を見送る。なるべく廊下を濡らさないように最小限の動きで歩き、風呂場へ飛び込んだ。  ほかほかになって出ると、脱衣所にさっきまでなかった服が置いてある。袖を通し、テレビの部屋へ裸足で向かう。  男から見ても羨ましい肉体の大男が、寝転んでせんべいを齧っていた。一週間前より分厚くなった気がする。でかいので、こいつが横になるだけで部屋が半分埋まる。 「伸一郎さん。服、あり……」  四つん這いで近づき、横になっている彼を跨いで頬にキスした。 「ありがと。でもごめんね。廊下も拭いてくるから」  掃除だ! とすっ飛んでいきかけたが、ごつい手に足を掴まれる。がくんと前のめりになった。 「何?」 「藤行。そんなエロい姿で俺を跨いでおいて、何もされないと思ったのか?」  ニヤッと口角が吊り上がる。 「あぶな」  青ざめるより先に引き寄せられ、彼の横で寝転ぶ。 「もおっ。伸一郎さんの上に倒れたらどうするんだよ」 「エロくていいじゃねぇか。何言ってんだ」 「そうじゃな……ひいっ!」  服の中に手が入り込んでくる。ダボダボの服と下着一枚なので指が素肌を撫でる。 「一応聞くけど、なんでズボン置いといてくれないの?」 「分かってることいちいち聞くよなぁ。お前」 「んぅ……くすぐったいって。鞄! ずぶ濡れの鞄乾かしたいんだけど」 「ずぶ濡れって言葉、なんかエロいよな」 「おい。エロ星人。地球人と会話しませんか?」  強風が窓を叩き、雨粒がトタン屋根にやかましくぶつかる。降り出した雨は弱まる気配を見せない。 「……」  ぬくもったはずなのに冷えてきて、伸一郎の身体にすり寄る。 「寒いか?」  体温高男はエアコンをつけない。この部屋は少し冷える。 「ん……。でも、伸一郎さんぬくいから、抱きしめて」  リモコンでテレビを消すと、両腕でしっかり抱きしめてくれた。夏場ならここで彼のにおいを胸いっぱい吸い込めたが、汗をかいていないのか体臭がほぼない。 「テレビ観てていいよ」 「雨の音で聞こえないからもういい。それよかお前の顔見てる方が幸せだ」 「……!」  カァッと背中まで熱くなる。この人は。なんで恥ずかしいことをサラッと言うの。  負けじと藤行も口を開く。 「お、お……俺も。伸一郎さんとくっついてると、し……し、幸せ、だし」  目を合わせられなくなって、彼の胸に顔を押し付ける。伸一郎が「顔見せろ」と肩を掴んでくるが無理無理無理! 絶対見せられない! 「見ないで! 見たら伸一郎さんの待ち受け、青空にするからな」 「……空の方? お前の弟の方?」 「弟に決まってんでしょ? 何言ってんだ?」 「……」  真顔で返すと呆れた目をされた。よしよしと大きな手のひらが頭を撫でる。  撫で終えると腕を伸ばして毛布を引っ張り、俺に巻きつけてくれた。 「伸一郎さんは? 寒……くないんだっけ?」 「ああ」  十月のはずなのに、まだタンクトップ一枚なんだよね。この大男。鎖骨の当たりがかっこいい……。  ほわ~と見惚れていると頭上で欠伸が聞こえる。上を見ると俺の頭丸呑みできそうなデカい口を開けていた。 「眠いの?」 「ああ。仕事始めたからな。生活リズムが狂ってる最中だ」  仕事始めたからな。  仕事始めた……  仕事……  しご……と? 「しん⁉ 伸一郎さん? 仕事始めたって言った? それとも寝言⁉」  悲鳴を上げて飛び起きるが、すぐに抱き寄せられ抱き枕にされる。 「仕事」 「な、なんで? 頭打った? 風邪? 風邪?」  タンクトップの肩ひもの部分を掴み揺するが、分厚い身体はビクともしない。 「風邪引いたことね」 「伸一郎さんの最強免疫が羨ましい。それより。仕事始めたって、なんで? 俺に、俺に何か手伝えることある?」 「そろそろ落ち着けって。パニクってるお前も、面白いけど」  ククッと笑われ、手の甲で頬を撫でられる。大事そうに触れられて、俺はまたこの人を好きになる。 「……お、……落ち着いたです」 「あーあ。仕事なんてだるいけどなー」  ごろんと寝返りを打ち、伸一郎さんは天井を見つめる。雨漏りしそうな不穏な天井。 「どこで働いてるの? コンビニ? そのガタイだと客減るんじゃない? ぷっ! あ。伸一郎さんもサラリーマ……んふっ、似合わない」 「生意気言うのはこの口か?」
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