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第32話 その後③

 雨は弱まったようだった。 『んおおっ。イかせて……もう、イかせてえぇ!』  全裸で布団に入り、スマホで視聴会(強制)をしている。流れているのは俺が伸一郎さんに鳴かされている時の映像。 『伸一郎さん。伸一郎さん大好きぃぃ……。早く、挿れて。我慢できない』 『あーん? 俺のナニが好きなんだ? 言わないとお預けだからな』 『ああ……。伸一郎さんの……んっ、チンポ……。挿、れてぇ』  涎を垂らし、伸一郎に縋りついている俺が映っていて死にたい。 「……」 「おい。ちゃんと見ろって」  顔を手で覆うが手首を掴まれる。 「見れるか……っ! これを笑顔で見てたら気が狂っ……けほっ」  宣言通り、喉を駄目にされた。 「もお。明日熱が出たらどうしてくれんの」 「看病してやるって。おー。自分でケツの穴広げてんの、エロいな。待ち受けにすっか」  スマホをぶん投げた。 「何しやがる」 「仕事行かないと駄目なんでしょ? えほっ! 留守番してるから、行ってきなって……」 「はあ? なんでお前を置いて仕事に行かなきゃいけないんだ? 正気か?」  俺が正気を疑われた。 「熱出た嫁を置いてきたって言ったらジジイに殺されるっての」 「……どんなお爺様なの?」 「鉈持ってタバコ吸いながら猪とか狩ってるジジイ」  すごく血の繋がりを感じる。 「なんで仕事始めたのか、聞いてもいい?」 「あー。藤行には内緒なんだが、お前の誕生日プレゼントを買いたくてな」 「……え?」  藤行には内緒って。俺は藤行です。 「たっ、た、誕生日、教えたっけ?」 「この前バスケした時、お前の弟に聞いた。ていうか、あいつから言ってきた。『兄ちゃんの誕生日何あげるの?』って。あいつの中では俺が何かあげるのが決定事項になってた」  弟の方もほどよくブラコンだよな、と呟いている。 「貢ぐのにも金が要るし。競馬で負けたばっかだったからな。働くしかないと思って。ま、目標金額が貯まるまで、だけどな」 「えっ? そのままずっと働かないの?」 「だるい」  布団を被ると、俺を抱き締めて目を閉じてしまう。 「でも、誕生日って来年もあるし。その時はどうするの?」 「……」  考えてなかったのか。「そういえば……」みたいな表情をする。 「チッ」 「なんの舌打ち?」 「しゃーねー。働くか。お前に貢ぐために」 「いやいや……。生活のために働きなよ。う、嬉しいけどさ」  げほげほっと咳をすると、伸一郎は起き上がった。  トイレかな? と見ていると、レンジの音がしてカップを持って戻ってきた。上体を起こして受け取る。 「ほらよ。熱いからな」 「何?」  ふーふーして、こくっと飲んでみる。めっちゃ甘い。 「はちみつ、ミルク?」 「喉に良いんだろ?」  知らんけど、と言っているので喉を傷めたことも無いのだろう。 「で?」 「え?」 「誕生日プレゼント。何が良い? 一日中抱き潰す券とかどうだ?」 「いらないです。……考えとくよ。思いつかない。予算何円までとかある?」  伸一郎はスマホを拾いに行くと充電器に刺した。 「欲しいもの言えって。一千万のものだろーが金貯まったら買ってやるから」  伸一郎さんが甘やかしてくる。 「俺は。伸一郎さんに、何をプレゼントしたらいい?」 「お前」 「他の選択肢は?」 「は?」  一択―――  戻ってくると無言で抱きしめてくれる。 「飲んどくから、寝てていいよ」 「ふーん」  雨音と伸一郎に包まれ、ひどく安心する。 「ねえ。伸一郎さんは俺のためにセフレたちと切ってくれたけど。俺も友達と連絡、取らない方がいい?」 「好きにしろ」  あっさりと言われた。 「好きにしろって……。伸一郎さんは? 嫌じゃないの? 俺が切ったんだから、お前も男友達と連絡とるな、とか。そういう気持ちにならない?」 「なんだそりゃ」 「……」  宇宙人に納豆を見せた時のような反応をされた。  ミルクに口をつける。 「はあ。お前が俺以外の人間を好きになろうと。どうせ俺以上に好きにはならねぇんだから。結局は俺の元に戻ってくるだろうが」 「……すごい、自信だね」  退屈そうに耳をほじっている。  実際。彼以上に好きになる人は現れないだろうと、自分でも思う。 「てか。俺の一番のライバルってお前の弟じゃねぇか?」 「ブッ」  咽た。 「青空? な、なんで?」 「いや、お前。いやお前なんで自覚無いんだよ。お前は弟命だろうが」 「青空はみんなから好かれて当然の存在だもん」 「……」 「なんで黙るの?」 「はあ……。いい。お前のそういうとこも好きだ」 「え? なん……。お、俺だって好きだよ? 伸一郎さんのこと」 「はいはいはい。そうだなそうだな」 「ちょっと! 俺は真剣に言ってんだぞ」  信じられないなら見せてやるよ。俺の青空フォルダを。特に青空がベイビーの時、母が撮ったもの。俺にももらったんだ。これは特別な人にしか見せないんだからな……って、 「スマホ! 鞄の中だあああ! げほごほっ!」  うるさそうに伸一郎が耳を塞ぐ。構わず俺はバタバタと這って、玄関に放置していた愛用している鞄の元へ。水を吸ってすっかり重くなっている鞄から、恐る恐るスマホを取り出す。 「おぎゃあああ……。こ、壊れてないかな?」  のそりと追ってきた伸一郎が肩越しに覗き込んでくる。 「壊れてたら俺とお揃いのにすりゃいいじゃねぇか」 「撮り溜めてた青空の写真がァ――――っ! データ破損してたらどうしよう……。げほげほっ、げほ! 死ぬしかない」  がくっと倒れた俺を小脇に抱えて布団の上に投げた。 「お前それ、隠し撮りか?」 「お馬鹿! ちゃんと青空に許可取ったもん! 『ああうん。いいよもう。どうでも……』って言ってくれた!」 「……」  だからなんで黙るんだよ。 「俺の青空があああぁぁぁ」  伸一郎は大あくびすると、布団に入って目を閉じた。 「何寝てんだ⁉ 俺はこんなにショックなのに! 俺の気が済むまで話聞けってオイ!」  ぽかぽか殴るも、伸一郎はすかーっと眠ってしまった。 「あーあー。もー。明日修理に持って行こう……」  カラになったカップをシンクに置き、布団に戻ると伸一郎の背中に抱きついた。 🐻  朝になっても雨は残り続けた。  一人でも帰れるのに伸一郎さんが送ってくれた。「お前すぐ変なのに絡まれるから」って、困ったやつを見る目だったのが納得いかない。  鍵を使って扉を開ける。  早朝だし、ふたりは寝てるかな。 「兄ちゃん。おかえりー」  あああ。空がどれだけ曇っていようと、弟の笑顔を見ると心が晴れ渡っていく…… 「起きてたのか。早起きだな」 「……兄ちゃんなんだか、声、かすれ……あ」  察しないでくれ! すごく恥ずかしい!  荷物を置くと、さっそく洗濯機に放り込んでいく。 「コーヒー無くなったから、ジュース飲む? 兄ちゃん。オレンジとリンゴどっちがいい?」 「悪いな。リンゴで」 「おっけー」 「朝食は? 食べたのか?」 「まだ。兄ちゃん聞いてくれよ」  コップふたつ持ってテーブルに置く。なんだ? なんでも聞くぞ。 「俺実は今日、光先輩と、か、買い物に行くんだ」  俺の背後でリンゴーンと鐘が鳴った。天使がラッパ吹きながら忙しなく紙吹雪を撒いている。  赤い頬を掻いている弟の手を両手で握った。 「デートか? 兄ちゃん嬉しいぞ」 「違うって! 部活の、必要な物の買い出し、だよ……。でも俺、キンチョーしちゃって、早く目が覚めちゃってさ……なんで泣いてるの?」  弟が青春してくれているのが心から嬉しい。俺の生き甲斐なのだから。 「弁当とか必要なら、兄ちゃん頑張っちゃうぞ?」 「あーその。俺、弁当も自分で作れるようになりたくて。兄ちゃんに頼りっぱなしはダサいと思うんだ」 「……」 「でも! 兄ちゃんに頼る時はあるかもしれないし! その時は手を貸してほしいな! うん!」  本気で倒れた俺に必死で声をかけてくれる。いかんいかん。俺が弟離れしなくては……無理だな。 「うるさいぞ。朝早くから」  親父が起きてきたのでパンを焼いて三人で朝食。 「なあ。青空。ちょっと相談なんだが」 「なに?」 「相談なら父さんにしなさい!」 「伸一郎さんのことなんだけど」 「……」  親父が黙ったので続ける。 「伸一郎さん、俺に気を遣ってセフレとの連絡消してくれたんだ。だから俺も、男友達と連絡取らない方が、いいのかなって」  セフレという聞き慣れない単語に父が咳き込む。  青空はもぐもぐと咀嚼していて一生見ていられる。可愛い。 「んー? 伸一郎さん、そんなこと気にしないと思うんだけど」 「そうだよ。気にしないんだ」 「残しておけば?」 「なんか、不義理じゃないかなって……」 「俺の電話番号も消すの?」 「世界が滅んでも消さない」  あきれ顔でリンゴジュースを飲んでいる。 「じゃあ消さなくてもいいじゃん。誤差だよ、誤差」 「父さんはあいつとの交際をまだ認めてないからな! なんだあの会うたびに分厚くなる熊男は! 藤行! お前はしっかりした女性と一緒になってだな――」  くどくどと何か言っていたが、俺は電話番号のことで頭いっぱいだった。  朝食の後、泣きながら修理に持って行った。  店員さんを引かせてしまったがなんと、スマホは無事だったのだ。確かにタフネススマホだけど、スマホって水に弱い代表みたいなものなんじゃ……。でも嬉しい!  昨日見せそびれた青空フォルダを伸一郎さんに見せてあげよう! きっと喜ぶはずだ。お世話にもなったし、何か果物でも買って…… 「藤行?」 「お。宮治」  会えて嬉しいが……告白して振ったことを思い出し、双方ずぅんと暗くなる。  スーパーの果物売り場前で見つめ合っててもしょうがないので、買い物を済ませてからイートインスペースでお茶にした。また伸一郎さんに声を低くされそうだが、宮治を無視できなかった。俺ってはっきりしないなぁ。伸一郎さんに愛想つかされ……伸一郎さん、俺のこと嫌いになるのかな?  想像できない。 「あ、いや。そんな顔させたいわけじゃないんだ」  考え込んでいたせいか、宮治が切り出してきた。ハッとなって顔を上げる。 「その……」  何か言おうとしたがその前に宮治に遮られた。 「なあ。藤行。お前の……付き合ってる人って。この前写真見せてくれた人、なんだよな?」 「え? うん」 「もう一回、見せてくれないか?」 「いいけど青空の写真は? 見たい?」 「見ないです」  どいつもこいつも遠慮しやがって、と呟きながらスマホを操作する。  スマホを差し出す。 「ほい」 「ありがと」  びくっと肩が跳ねた。礼を言われたからてっきりキスされるのかと。んなことしているの俺らだけだっつーの。しっかりしろ! 俺!  バシバシと自分の頬を叩く。 「……かっこいいな、この人」  伸一郎さんを褒められると嬉しくなる。  が、なにやら宮治の目に熱がこもっているのが見えた。 「宮治?」 「この人、名前は?」 「え……なんで?」 「いやその……。なんていうか、かっこいいなって思って。お前に写真見せてもらった時から心に残ってて。おかしいな……。俺、ホモでもゲイでもないはず、なのに」  画像と宮治を見比べ、さぁっと青ざめた。そうだった。伸一郎さん、顔は良いんだ。惚れられる可能性を考慮していなかった。不用意に見せるべきでは……なかったんだ。 「っ、スマホ、返して」  手を伸ばすがさっと避けられる。 「宮治!」 「いいじゃん。この写真くれよ」 「嫌。駄目。無理」  宮治がニヤッと笑う。  ま、まさかこいつがライバルになるのかよ。 「そんなムキになるくらい、いい男なんだな?」 「そ、そうだよ」 「これ一枚だけだから」 「お前! スマホは大切に扱えよ! 青空の写真が入ってるんだからな!」 「……うん」  ムキになるのソコ? みたいな顔をしている。当たり前だろ。ベイビー青空写真はもう二度と手に入らないかもしれないんだぞ。 「もしスマホに何かあったら。日本から逃げてもお前を許さない」 「変わってないな。藤行さあ。好きだったわ、そういうとこ」  そう言えば俺のこと、好きでいてくれた、んだよな。  気まずそうな顔をする藤行を見て、宮治も口が滑ったと顔を背ける。 「……写真欲しいなら、本人に聞いてみないと」 「この人の家に案内してくれよ」 「住所も教えていいか、聞かないと」 「真面目だな」  ちえっと口を尖らせる。伸一郎さんは熊男だから心配しないけど、女性だったら知らない男に住所教えるのはまずいだろ。真面目とか関係ないの。 「スマホ。返して」 「はい」  素直に返却してくれてホッとする。よかった。こいつのこと、嫌いになりたくなかったから。  安心したように微笑む藤行を見て、わずかに頬を染める。 「ったく。今日はもう帰るわ。写真、見せてくれてありがとな」 「ああ。気を付けてな? 寄り道せず帰れよ」 「母親かよ」  くすっと笑うと帰って行った。  俺の数少ない貴重な友人。……でも、今度から伸一郎さんの写真を見せるときは気をつけないと。 「わざと変顔した写真、撮ってみようかな? 変顔してくれるかな?」  会計して店を出ようとしてふと気づく。 「あれ? 伝票は?」  無い。落としたかなと机の下を覗くも、無い。  まさか宮治が払ってくれたのか? (俺がまとめて払うつもりだったのに……)  今度お礼に、抹茶以外のアイスでも奢ってやるか。  藤行は幽霊が出そうなアパートに直行した。住んでいるのは、あったかい人ばっかりなんだけどね。 「写真撮って良いか?」  伸一郎にそう言われた。 「へ?」  先に言われてしまい、藤行はスマホを取り出しかけた体勢で固まる。玄関で。 「誰の?」 「お前しかいないだろ」 「なんで?」 「ジジイにお前の話したら、『嫁の顔見せろ』って言われてな」  俺の知らないところで話が進んでいる。 「おじいさん。俺が男なのは。えーっと、気にしてないの?」 「そんなのどうでもいいから早く結婚して、ふたりで引っ越して来いってうるさい」  お、おおおおおおじいさん? マジですか。 「おばあさんは?」 「男手が増えるって喜んでた」 「そっかぁー……」  それしか言えなかった。 「おい。笑え。撮るから」  スマホを横にして構えている。藤行は飛び上がった。 「え? 撮るの? いま?」 「お前美人だけど、笑った顔が一番きれいだ。ほら。笑え」 「…………」  真っ赤になってうつむく。伸一郎が「またクソだせぇ服着てんな……」と顔をしかめているが目に入らなかった。 「下向くな。こっち見ろ」 「し、伸一郎さんが恥ずかしいこと言うからだろ」 「じゃねーとこの前の動画見せるぞ? お前が喘いでいるやつ」  購入した果物を投げたが片手でキャッチされた。 「お前ぇ! あ、あんなの見せやがったら伸一郎さん刺して俺も死ぬからな⁉」  リンゴを拭くと丸かじりし出す。いい音が鳴った。 「刺すなら俺だけにしとけ。お前は生きてろ。あの世で眺めとくから」 「え……? それなら一緒に死んであの世で……なんでもない」  またニヤニヤ笑い始める。 「あーん? 一緒に、なんだって?」 「その……。なんでもない! ていうか、刺されたくらいで死なないだろ! 俺も、伸一郎さんの写真、撮ろうと思ったんだよ」 「なんで?」  三口でリンゴが半分になった。 「……あんまりカッコイイ写真だと、ほ、他の人が惚れちゃうから」  カシャッと、シャッター音が響いた。 「え? 撮った?」 「よし。これでいいか。なんか暗いな。電気つけとけばよかったか」  スマホを弄りながら部屋に戻り、ラグの上に腰を下ろす。 「待って? 俺、変な顔してなかった?」 「で? なんだっけ? 他の奴に俺が取られるかもって、独占欲か? へー。可愛いこと言うじゃねぇの」 「バッ……カ!」  キウイも投げたが、やはりキャッチされた。 【終わり】

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