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第39話 春まであと少し③
車は順調に高速を走る。道路はとっくに雪に覆われ。白銀の道(シルバーロード)へとそのさまを変えていた。
十分ほど悶えて叫びまくっていたが落ち着いてきた。シートベルトがなかったら暴れ散らかしていたかもしれない。
ふう。叫ぶと落ち着くぜ。
「は~。外で抱き合うなんて馬鹿じゃん、俺」
「良かったよ。人間に戻ってくれて」
運転は相変わらず伸一郎さん。免許、取ろっかなー……。免許の前に、時間が取れないんだよな。
温風の吹き出し口の上にあるナビは、この辺の地図を映している。
「藤行。寒くないか?」
「ヘーキ。青空に背中にカイロ貼られたし。可愛い奴め」
「いい仕事するな、あいつ」
細かな雪が窓ガラスに付着し、視界を悪くする。風は相変わらずきつく、時折車を左右に揺さぶる。
「車間距離しっかり開けて、ゆっくり走ってくれよ?」
「お前が乗ってんだから、当然だろ。任せろ」
「……」
さっきとは種類の違う羞恥に襲われる。ぐおおおお……
「もう! もっと好きになるだろ!」
「ほお? いいじゃん」
「ぬぐ……」
今すぐ布団に潜ってミノムシになりたい。
「はあ。伸一郎さん。渡し忘れてた。ここ置いとくね」
買ってきた缶コーヒーを、ドリンクホルダーに刺し込んでいく。結局このくらいしか、いまのところ役に立ててないな。
「おお。ありがとな」
「……うん」
自分でもわかるほど、声にハリがなくなる。
「眠いか? いいぞ寝てて。朝早かったしな」
「ふーんだ」
つんっと顔を逸らす。彼氏が有能過ぎると、こっちは困っちゃうぜ。
彼はハンドルを握ったまま顔をしかめる。
「おい馬鹿。目線逸らせない時に可愛いことすんな。見られないだろ」
「……」
窓ガラスに映った自分の顔。にやけるな俺!
車内は二つの意味で温まってくるが、足の指先が冷たい。
「風、下向きにしていい?」
「おう」
暖房に足元を温めてもらう。
じんわり温まる足にほのぼのしていると、雪が本降りになってきた。車のライトが灯る。
「免許取って一年とは思えないほど落ち着いてるね」
「……ああ。わざわざ雪の多い地域で免許取ったからな。多少は走り慣れてる」
「え? なんで?」
「ジジイの住んでる山。冬は雪に閉ざされるから雪道に慣れとかねぇといけねえし。一年前からちょくちょく呼び出し増えたからなー。腰痛いとか。嘘だったけどな」
語尾がわずかに荒ぶっている。
思わず笑ってしまう。
「でもお手伝いに行くの、優しいよね。家族想いじゃん」
「そうかよ」
家族。そう言えば伸一郎さんの「両親」はどんな人だろう。祖父祖母はあったことあるが。
(伸一郎さん。お爺さんの話はたまにするけど。両親の話は全然しないな、そういえば)
気にはなったが、迂闊に訊いて不穏な返事が返ってきてもあれだし……。
(まあ、今は良いか)
窓の外は白く霞んで、とても見づらい。
「渋滞?」
「だなー」
ちっとも前に進まなくなった。
事故があったようだ。警察がすでに到着している。
することもないので、車内で朝食タイム。朝早すぎて食欲がわかなかったのだ。缶コーヒーをちまちま飲みながら、おにぎりを頬張る。絶望的に合わない。お茶にすればよかった。
塩シャケはうまうま。
「……」
「ん? 何?」
彼がめっちゃこっち見てくる。
「俺の分は?」
「はあ? 食べてこなかったの?」
「いやお前の握った米が欲しいだけ」
「……おっ」
なんでこいつは、こんなに素直なんだ。そんなに俺を喜ばせて楽しいのか。
俺も嬉しい。
「一口、あげようか?」
「あ」
大口を開けて待機している。
「シャケだけど、いい?」
「ああ」
身体の向きをずらし、腕を伸ばして口元に持って行ってやる。
熊のような口でかぶりつく。
「うまい」
「……うん」
もっさもっさと咀嚼している彼の顔が見れない。ぐうう。間接キスくらいでこんな……。
ドゴンドゴンとガラスに頭を打ち付ける。
「……進まないね」
「心から大丈夫か? シートベルト外してていいぞ? 窮屈だろ」
腕を前方に伸ばして背伸びモドキをしている。肩凝るだろうな。
おにぎりを食べきる。まだ一つあるが、お腹いっぱいだ。
おにぎりを包んでいたアルミホイルを丸める。
「伸一郎さんに抱きつきたい……」
「……」
伸ばしたまま固まっている。
「幻聴か?」
「伸一郎さんが! 好きアピールばっかりしてくるから! 触れたくなる、じゃん……」
「アピールしないと伝わらない……けど、俺なんか言ったか?」
うーわ特に意識しないで言ってるよこの男。ふざけんな。好きだ。
「車にカーテンついてたら抱きついてる」
「? カーテン無くても抱きついて来いよ」
「……」
身体を斜めに倒し、彼の肩に頭を乗せる。
「抱きついて来いって」
「これが限界‼」
車って外から丸見えなんだからね。
雪はどんどん積もっていくが、車内は暑いほどだった。
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