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第25話 推しがご来店されました

 由羽は約束通り水曜日の午前中にウォン・ポムの施術を終えたところだった。その時がやってきたのは。青天の霹靂とも言えよう。 「由羽先輩すっご! ダウンパーマもいい感じだし、今回ブリーチ2回してカラーは青紫で色気やばいしトリートメントすごすぎます。このトリートメント、サロン専売品ですよねっ。少し値は張りますけど、ホームケアにぴったりですね。お客様に提案できるように継続して使ってみます。今回の由羽先輩の施術を通してたくさんのことが学べました! この経験を活かしてがんばります! お忙しいところ本当にありがとうございますっ」  ウォン・ポムは施術が終わった後に何度も鏡を振り返っては新しい髪型に興奮しているようだった。そして、彼は礼儀正しく真面目なアシスタントだ。由羽に律儀にお辞儀をして、るんるんな様子だった。  ーー……やっぱ俺、この仕事天職かも。こうやって、お客様が喜んでくれる姿を見るのがいっちばん嬉しくて、幸せで、俺の存在意義を証明できる気がするから。  ふふふ、と和やかに次の予約のお客様のために準備をしているところだった。カランカラン、と受付のドアベルが鳴る。ウォン・ポムが出迎えに向かっている間に、施術をする個室の最終チェックをする。掃除したし、ヘアスプレーやダッカールクリップ、櫛などを載せたワゴンも用意できてる。yourfは完全個室のプライベートサロンだ。全5室の個室の1つに由羽は待機する。お客様が荷物をロッカーに入れてからやってくるのを待つ。ウォン・ポムの「こちらへどうぞ」という声が聞こえてきた。由羽はいつものように、にこりと微笑んでお客様を出迎える。 「こんにちは。本日施術を担当させていただきます。白波と申しま……すっ!?」  由羽の言葉が尻すぼみに消失していくのを、ウォン・ポムが不思議そうな目で追っていた。だって、由羽の目の前に現れたその《《人》》はーー。 「うっす。おねがいします」  黒髪シースルーマッシュの髪は艶々として自発光している。漂うオーラが違う。黒いハイブランドのサングラスを外す所作、指先のネイル、人差し指にはめられたシルバーの指輪、そのどれもが由羽がスマホの画面で見たことがあるものだったから、目を見張る。  エ、エースくん!?  由羽はエースくんと容姿がそっくりなお客様にたじたじしながら、でもそれを見せないように会話を始める。 「本日はご来店ありがとうございます。どのような髪型にされますか?」  由羽はばっくばっくと鳴る自分の心臓の音を拾いながら、笑顔だけは取り繕う。上手く笑えているだろうか、と不安になる。するとエースくんに似ているお客様が大きな声で後ろを振り返った。 「あーっ、芹沢サーン。説明して」 「おいおい他のお客さんもいるんだからンなデケェ声出すなよ。迷惑だろ」  個室の中に一人の男性が入ってきた。 「すいませんウチのもんが。わたくし、芹沢と申します。この馬鹿たれのマネージャーをしております」 「ば、馬鹿たれ?」  芹沢という男性は深々とお辞儀をする。 「ええ。こいつはホントに馬鹿たれの弊社のサロンモデルでして。本日の髪型についてはわたくしから説明させていただければと思っております」

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