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第26話 推しにとてもよく似ている伽茅

「サ、サロンモデル?」  由羽は動揺を上手く隠せずに芹沢と椅子に座る男を交互に見比べる。 「はい。 伽茅(かぢ)というのがこいつの名前です。覚えなくていいです。本日は、こいつがメンズファッション雑誌の表紙を恐れながら生意気にも務めることになったので、彼の髪を整えていただきたく」 「なるほど……!」  伽茅という名前のサロンモデルを見つめてしまう。やっぱり、雰囲気も声も話し方も全部エースくんに似ててそっくりだ。 「毛量が少し増えすぎなので、そこを軽く梳いてもらって、襟足は軽くカールするくらいの長さを残して欲しいです。カットとトリートメントの2つでお願いします。また、弊社のサロンモデルに対してはマネージャーが施術を拝見させていただきこちらの要望をお伝えする形になるのですが、同席してもよろしいですか?」  芹沢から髪型の要望を聞き頭にイメージする。 「わかりました。もちろん大丈夫です。ウォン・ポム、椅子を1つ持ってきて後ろに置いて」 「わかりました」  ウォン・ポムが芹沢用の椅子を持ってくる間に、伽茅という男の首元に散髪ケープを装着する。白い無地の生地の真正面に黒字で「yourf」と書いてある。髪を水の入った霧吹きで湿らせ、櫛を通す。 「では、始めさせていただきます」  と、由羽は伽茅に声をかけた。しかし、 「お願いします」  と返事をしたのは後ろに控える芹沢だった。伽茅は無言で相槌もなくスマホをいじりながら、目線を落としている。本当に、ただ髪を切られにきただけらしい。ウォン・ポムが椅子を置き退室した。芹沢がその椅子に座り、由羽の施術の様子を注意深く見つめている。由羽の指先は少しばかり震えたが、自分の施術には絶対の自信があった。そのため、所々指示を出してくる芹沢に対して100の結果を出しながら伽茅の髪を切りそろえていく。何度か芹沢とヒアリングしていくうちに髪型が完成にたどり着いた。 シャンプー台へはウォン・ポムが伽茅を連れていく。シャンプーとトリートメントをウォン・ポムに任せ、由羽は個室の床に落ちた髪の毛をモップでまとめる。 「すみません。電話に出なくてはならないので、一時退席させていただきます」  と、芹沢がスマホを片手に席を立ち個室から出ていく。それと同じ頃、ウォン・ポムが伽茅を連れて個室に戻ってきた。ブローは由羽の担当だった。ドライヤーをコンセントに差し込み、伽茅の髪に近づける。フォォォという音とともに、伽茅の髪に触れる。頭皮をマッサージしながら乾かしていく。その間、伽茅はスマホを正面にある鏡の台に置き、目を閉じていた。髪の毛を乾かされながらスマホをみるのは困難と感じたのだろうと由羽は思った。手早く終わらせなくては、と少し急ぎ気味に髪の毛をならす。半分ほど乾いたところで、急に伽茅が由羽の手を掴んだ。びくっとしてドライヤーの電源を落とす。  しまった……頭皮痛かったかな? 髪の毛引っ張りすぎちゃったかな?  由羽はどきどきしながら伽茅を見つめた。

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