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第27話 Look
「もっとゆっくり、やさしくして」
伽茅が由羽を仰ぎ見て目を合わせてきた。
「あ……はい。すみません。痛かったですか?」
「んーん。もっと触られたいだけ」
「え?」
「くくくっ」
途端に、伽茅が口元を手で押さえて笑い出す。由羽のきょとんとした顔がそんなに面白かったのだろうか。
「Look 」
「っ」
突然の伽茅からのCommandに身体がびくんと反応する。由羽の瞳が伽茅の目を捉えて離さない。
「ふつー気づくでしょ」
「なっ、えっ……じゃあ君は……エースくん、なの?」
「ご名答。しっかし、写真よりもかわいいとは。ね。俺のことだーいすきな変態Subの由羽サン」
「なっ……!」
「一昨日だってあんなに通話でたくさんシた仲じゃん」
「っ……」
由羽が息を飲むとエースくん は、ふふと微笑んで由羽を見つめた。
「なあに。照れてんの? 耳真っ赤」
「う……えと」
由羽はぼふんっと湯気が出そうなくらい身体が熱くなる。
今、目の前にいる男の子はエースくんで、サロンモデルをしていて、通話した時と同じでちょっと意地悪で……。あ、あんなことしちゃったから、まともに顔が見れない。生の推しの顔はとってもとっても見たいけど……。
「まあ意識してくれんのは有難いわな。いいよ。今ならたくさん見ても。俺のこと由羽が独り占めできるチャンスだよ?」
「独り占め……」
こく、と由羽の小さな喉仏が跳ねるのを伽茅は見逃さない。由羽はばくばく鳴る心臓の音を感じながら、伽茅の顔をゆっくりと見た。
ああ。なんてかっこいいんだろう。
身に纏う空気が、オーラが違う。Domの血が濃く出ている容姿の洗練さ、ピリつく雰囲気。
由羽が数秒じーっと眺めていた顔が腑抜けていたのか、伽茅がくすくすと声を鳴らす。笑うと狐の目のように細まるから、かわいくて無性に頭を撫でたくなってしまう。由羽は触れたい衝動を押さえて瞳に伽茅を映し続ける。
「 伽茅 希逢 」
「……かぢ、のあ?」
「そう。俺の本当の名前。ねえ、これからはさエースくんじゃなくて希逢って呼んで」
「え、いいの?」
「もちろん。改めてよろしくね。白波 由羽サン」
胸の前に差し出された大きな手のひらを握り返す。骨ばっていて、指先が細くてごつごつしてる。自分の小さな手とは大違いだと感じる。
「すみません。お待たせしましたっ。おおー! 素晴らしい仕上がりだ。まさにこちらの要望通り」
電話から戻ってきた芹沢が、希逢の頭を見て笑顔を浮かべる。由羽はぱっ、と手のひらを離した。それが気に食わなかったのか希逢がジトっとした目で追いかけてきた。しかし、芹沢の手前、由羽は接客モードに戻る。
「これからブローを続けて完成になりますので、もうしばらくお待ちください」
「はい。もちろんです」
由羽は希逢の髪の毛を靡き、ブローをしていく。黒髪はトリートメントの効果もあってか、ちゅるんとした肌触りだ。水の膜のベールを被っているかのように、艶々と黒めいている。ブローを終え、軽く櫛で前髪を整える。その間、希逢と目が合ってしまい、由羽の胸はまたどきどきと震え始めた。
「芹沢様。こちらで、本日の施術が完了しました。いかがでしょうか?」
「いやはや素晴らしいの一言。この馬鹿たれのクズ男っぷりが引き出されていてとても良いです」
芹沢が希逢に対してかなり好戦的な言葉を連ねるので、由羽は彼が怒り出すんじゃないかと内心あわあわとしていたが、希逢は特に怒る素振りは見せずに鏡の中の自分を凝視していた。
「ご要望にお応えできたようでなによりです。もしこの後少しお時間がよろしければ、当店のSNSフォトブースで撮影されますか?」
「SNSフォトブースとな。そうですね。幸い次の予定までに時間はありますし……ぜひ撮影させてください。ちょうどこの馬鹿たれの完成した髪型の写真を社長に送らなくてはならないので」
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