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第30話 推しと仕事終わりに夜パフェデートです

「っふうー。仕事おわったあ」  いつものように締め作業を終えた由羽は、羽を伸ばすように腕を伸ばす。一人残された店内で、退勤前のチェックをしてから店を後にする。その足取りは今にもスキップしそうに軽かった。 「あ。満月」  藍色の空の中でぽっかりと浮かび上がる白い月を見た。由羽は月の満ち欠けを見たりするのが小さい頃から好きだった。命の満ち欠けと似ているようで、月を見ると気高い気持ちになれるからだった。 『今仕事おわった! これから新宿向かう』  希逢にメッセージを送ると数分してから既読がついた。 『おっけーい。俺も20時半につく』  由羽はわくわくとして心躍る胸を抑えながら電車に乗り込む。電車の中は帰宅途中のサラリーマンでごったかえしている。由羽はドアの近くに控えながら、ぎゅうぎゅうとしている車内に揺られて新宿へと向かった。由羽はちらちらと自分に注がれる視線があることをわかっていたが、気にしないように振舞った。恐らく、自分の髪色や髪型が派手だから目立つんだ。派手髪あるある。  新宿駅の構内をすいすいと進んでいく。新宿にはよく来るので駅の勝手がわかっていた。好きなブランドの服を買いに来たり、歌舞伎で友達と飲みに行ったりするからだった。由羽は20時半ちょうどに東口に到着した。辺りを見渡してみると、夜職のスカウトや居酒屋の客引きが多くて少し離れた所に立つ。11月の空気は肌寒く、アイボリーのロングコートの袖を握りながら、希逢を待った。 「おねえさん1人? 待ち合わせしてるの?」 「……」  いきなり、ひょいと視界に現れてきた男性が声をかけてきた。由羽はリアクションはせず無視を決め込む。こういう輩にいいやつはあまりいないことを知っている。それにしても、女性に間違われるとは。中性的な見た目が好きで髪型やファッションもそういう系統だが、180センチのおねえさんって珍しくないのかな? と疑問に思いつつも無言で男が去るのを辛抱強く待つ。しかしなかなか離れようとしてくれない。 「ねーおねえさん。俺と飲みにいこうよ。奢るからさ。めっちゃ雰囲気のいいバー知ってるからさ。ね?」  しまいには無理やり由羽の腕を掴んで歩き出そうとする。さすがの由羽もイラっときて、抗議の声を上げようとしたときだった。 「オッサン。このおねえさん嫌がってますよ」  スっと由羽の腕を掴むと引き寄せられた。何度も聞いてきた声に身体が安心する。 「はあ? ……ちっ」  目の前の男性はおこおこしていたが、声掛けをしてきた男性を見てすぐに引いていった。 「もーお。由羽ちゃんかわいいから、変なオッサンに絡まれてるの見ておかあさんは心配です」 「希逢……くん。助けてくれてありがとう。面倒臭い人に絡まれがちなんだよね。こんな見た目だから」  笑い話にするために少し自虐を混ぜたが、希逢は「ふうん」と言って笑わずに由羽の腕を掴む。 「そんなの関係なくね? 見た目は関係ないと思うけど。嫌がってる奴に声かけるほうがあたおかなんだよ」 「……まあ、確かに」 「いこ。こっち」  由羽は人混みに流されないように希逢の背中を追いかける。

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