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サヨナラの前の忘れ物 5
三十歳を目前にしているのに、幼く見える顔立ち。童顔は、今の俺のにはもう褒め言葉にならない。
若く見られるということは、それだけ社会経験が未熟だと言われているようなもの。ある程度の年齢になったら、歳相応に見られる方が男としては嬉しいものなのに。
日本人男性の平均身長、172cmギリギリラインの身長も、スーツを着てもなんとなく様にならない体格も。真面目過ぎる性格を少しでも誤魔化すために遠慮がちに染めている茶色い髪色も、幼さを隠すためにナチュラルショートにしている髪型も。
その全てが意味のないものだと敦君には言われているような気がして、上から目線で物を言う敦君に俺は言い返す言葉が見つからなかった。
何も言葉を発することなく、ディスク上のパソコンを見つめているだけの俺に敦君は話を続けていく。
「女って、ただ真面目で優しいだけの男には寄り付かないもんですよ……まぁ、俺が知らないだけで真面目な先輩にも裏の顔ってもんがあるのかもしんないですけど」
……裏の顔、か。
裏が空っぽなら、それは表と同じだろう。婚約者に逃げられた情けない男が仕事一筋で残業していることの一体どこに裏があるというんだ。
「僕に裏があったなら、こんな時間までディスクに齧り付いていません。敦君こそ、今から裏の顔を見せに行くのなら早いうちに帰ることを僕はお勧めします」
「遠回しに、お疲れさまって言うのやめてもらえません?先輩も、その仕事片付いたら早く帰って寝てください。先輩が倒れたら、ここのスクールの仕事全部が俺に回ってくるんで。んじゃ、お先に失礼しますわ」
「……はい、お疲れさまでした」
ヒラヒラと手を振り、俺を残し去っていった敦君の背中をぼんやりと眺めて。視線を窓の外へと向ければ、今日の朝に浴びたはずの太陽はどこにも見当たらず、すっかり暗くなった夜の風景だけが静かに俺を見守っているだけだった。
子供たちとサッカーをして、ボールを追いかけている時には気づかない疲労感。それがこの時間、独り事務所に残り、月明かりに照らされる夜になるとじんわり身体を蝕んでゆく。
それでも、疲れた身体に鞭を打ったつもりで来月のシフトを組んでいく俺は、やはりサッカーボールが彼女で仕事に生きている男が性に合っているんだろう。
「……はぁ、新入社員を確保できなかった俺のミスは想像以上に深刻だな。贅沢は言わない、一人でいいから人が欲しい……って、もう遅いか」
新年度がスタートして一ヶ月と少し、世間ではゴールデンウィークなんて呼ばれる大型連休がやってくる今の時期。休みの日は何をしようかと考える余裕はなく、そして当然のように俺に休みなんてものはない。
シフトの上ではホワイト企業でも、俺の働き方はブラックだ。敦君のようにほぼ残業なしでホワイトな働き方をするコーチもいるのに、俺がそうできないのは難ある性格と地位と人手不足が原因。
全国にあるスクールに人材を派遣させるのは、俺ではない本部役員の仕事。新入社員を寄越してくれと前年度から申請を出していたのに、俺の願いは却下された。その為、今いるコーチ数名でこの一年なんとかやっていこうと考えてはいるけれど。
俺はそのうち死ぬんじゃないかと思うハードスケジュールを自らの手で組み上げた俺は、一段落した仕事を切り上げると自分のディスクに突っ伏していた。
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