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サヨナラの前の忘れ物 10
【飛鳥side】
「ねぇ、飛鳥…っ、あんッ…バレ、なかった?」
「いや、バレた。もうお前に用はねぇから帰っていい、気分萎えたし」
通話を終えたばかりで手に持ったスマホに視線を落としていた俺に、喘ぎ声混じりで訊ねてきた女は俺の返答に激怒する。
「何それ、ありえないんだけど。ここまでヤッといて萎えるとか、ホント意味分かんないッ!」
ラブホテルのベッドの上、通話中だった俺の動きを声を殺して待っていた全裸の女。ソイツの股の間から俺はすっかり萎えてしまった自身を引き抜き、勝手に逆上して怒り狂ってる相手を放置してベッドからソファへ移動したけれど。
「アンタさ、私の話聞きなさいよッ!!」
ソファに腰掛け愛用品のタバコを吸おうとした俺に、女は突っかかってくる。俺が右手に持った一本のタバコを奪い取り、全裸のまま顔を真っ赤にして怒る女に俺はこう言った。
「電話の最中にヤッてることバレたら、そこでゲーム終了だって俺はお前に言ったぜ?俺に何されてもいいから抱いてって頼んできたのはお前だろ、これ以上騒ぐ気ならその格好のまんまこっから追い出してやるけど、どうする?」
「ッ……最低男ッ!アンタに言われなくても、こっちから出てってやるわよっ!!」
「ハイ、ばいばぁーい」
ブツブツと文句を垂れながら、シャワーを浴びることもせずに服を着て。長い髪を振り乱しつつ一目散でホテルの室内から出ていった女の背中を俺は笑って見送った。
「……ったく、バカな女」
取り残された室内に、俺の独り言が響いていく。
今日の朝まで一緒だった男に、俺の名刺を渡しそびれたから。竜崎隼と出逢った場所で、仕事帰りの俺は彼を待とうと思っていたのに。
俺の容姿に惹かれたのか、なんなのか。
行付けのBARの前で佇んでいた俺に、声を掛けてきたのがさっきまで俺がセックス紛いのことをしていた見知らぬ女だった。
最初は、人を待っているからと丁重にお断りするつもりでいたけれど。面白いことを考えついた俺は、女が遊んでほしいなら遊んでやろうと思い、快く誘いに乗ってやったらこの有様になったワケで。
こんなことならバーテンダーのクソガキに名刺を預けてくんじゃなかったと、そんなことを思いながら俺の顔はニヤけていくばかりだ。
現在26歳、実家のカーショップを無理矢理継がされ、毎日嫌々働いている可哀想な男が俺。嫌いな仕事ばかりしていたら、それなりにストレスも溜まるし性欲だって溜まるから。寄ってきた女を適当に捕まえて、適当に遊ぶのが俺の日常だったりする。
セックスに愛情なんてもんは求めていないし、そもそも人生なんて死ぬまでの暇潰しに過ぎない。人間ほど醜い生き物はいないと思っているし、人に愛情を感じたことは今までに一度もないから。
最低だろうと、なんだろうと。
俺が生きてて楽しけりゃ、それだけで充分……そう思っていた俺の前に、面白い男が現れたのが昨日の話だ。その男が竜崎隼で、今日の俺は彼にわざと行為の最中に電話を掛けた。
今日の朝から俺との出逢いを忘れようと必死な男に、酔って途切れた記憶を呼び戻してやるために。自分からこの俺を誘っておいて、全部忘れたなんて都合の良いことを彼にだけはさせないために。
竜崎隼という男が、俺を何処まで楽しませてくれるのかを知りたいから。俺はただそれだけの理由で、彼の人生を狂わせようとしている。
そう思うだけで、笑いが止まらなくて。
俺は優雅にタバコを吸いつつも、昨夜の出来事を思い返していた。
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