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サヨナラの前の忘れ物 13

サッカーが好きでコーチまでしているこの男なら、可愛い弟の力になるかもしれない。 俺には、三人の兄妹がいる。 俺と共に実家の職を継いだ次男の遊馬(ゆうま)、現役大学生で今は家族と離れて一人暮らしをしている三男の雪夜(ゆきや)、お姫様気取りの長女で高校生の(はな)、そんで俺が長男。 まーちゃん、やーちゃん、なーちゃん。 憎く可愛い兄妹達を、俺は上から順にそう呼んでいる。頭文字を取らずに最後の文字だけを伸ばし、付け加えたようなちゃん呼びをしてやるのが俺のお気に入り。 と言っても、うちの連中は基本的にそれぞれが好き勝手生きているし、各々が問題を抱えたまま成長してしまっているけれど。その中でも、俺が一番気にかけているのが三男の雪夜だ。 幼い頃からサッカー選手を夢見て努力を惜しまなかった弟だが、小六の時に家庭事情により夢を諦めることしかできなかったのが三男坊のやーちゃん。 容姿は俺そっくりなのに、内面がまるで違っていた弟。そんな弟に、俺が兄として教えてやれたコトは女の遊び方と煙草と酒の旨さだけだった。力でねじ伏せ、半ば強引に諦めさせて……嫌われて当然のことをし、今更その報いを受けようとしても遅いんだろうけれど。 あからさまに嫌な態度を取る弟、そんなやーちゃんが可愛くて仕方ねぇから。今更ながらに過去を懺悔しようと思い立ったクズな兄貴やってる俺にとって、竜崎隼との偶然の出逢いは運命のような気がした。 「人は、信じちゃいけないんだ……でも信じたくて、苦しくて、遊びならこんなふうに思わなくていいのかもしれないって……そう思うから、ね」 意味深なことを呟く男は、寂しそうに溜め息を漏らす。過去の恋愛を引きずり、仕事だけは真面目に取り組んでいても……いい大人になってしまったら、欲の捌け口の一つや二つあってもおかしくはないと思うが。 「遊びって、お兄さんがそんなこと出来るような人には見えねぇけど。酔った勢いで、女とナニでもする気なんだ?」 酒の力借りねぇと、ろくに女も抱けないなんて、哀れなヤツ。そんな心の内をひた隠し、男に訊ねた俺は、馴れ親しんだタバコの煙を味わっていく。 きっと、この男はクソ真面目に人生を生きてきたんだろう。コイツの何を知っているんだと訊かれたら、俺は何も知らねぇけど。 でも、色々含めてこの男はすげぇ面白いと思った。 最初に頼んだビールはほとんど減らないまま、今まで喋り続けていた男はそのビールを一気に飲み干して。蕩けきった瞳を俺に見せつけ、綺麗な音を響かせる。 「……俺と、遊んでみます?」 「は?」 「遊び、慣れてるでしょ?」 一瞬、問われた言葉の意味が分からず俺は眉間に皺を寄せる。女遊びなら得意だが、俺に男を抱く趣味はない。けれど、男でも、使うのがそっちなら女相手にいくらでも経験はある。モノが付いているかどうかの違いだけで、挿れる側の俺からすれば、穴がありゃなんでもいいと思った。 それは、この男からの誘いがとても魅力的に感じたからなのかもしれない。ニヤリとほくそ笑んだ唇を動かし、俺は相手との距離を詰めて耳元でそっと呟いていく。 「俺、そういう遊びしたコトねぇんだけど……お兄さんさ、イケナイ遊びの楽しみ方、俺に教えてくれんの?」 「……隼でいいよ、キミの名前は?」 「飛鳥」 この一瞬のやり取りを目撃していたクソガキは、俺に向かい小さく口笛を鳴らしていた。
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