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サヨナラの前の忘れ物 14

隼と名乗った男の飲み代と、自分が飲んだ分の支払いを済ませた後、BARを出てからフラフラと歩く隼の肩を抱いて俺は近くのラブホに入った。 休憩か、宿泊か。 部屋の写真が並ぶパネルを眺めつつ、ホテルで休憩って喫茶店じゃねぇんだからラブホのクセに何すました顔してんだよ、バーカって。 何処のラブホに行っても毎回思うことを心の中で叫びながら、俺は迷わず宿泊を選びエレベーターに乗り込んだけれど。 「……飛鳥は、キレイだね」 指定した階まで行く為にエレベーターが動き出したかと思えば、俺に肩を抱かれたまま上目遣いで呟いた男と俺は目が合って。 ……俺の何処をどう見たらキレイだって思えんだ、と。 そりゃまぁ、そこらの男と比べたら容姿はそこそこイイんだろうけど。顔面偏差値でしか他人を判断できねぇ野郎は脳内お花畑なクソアマとさして変わりねぇから、だからお前も俺みたいなクズ野郎に引っ掛かんだよ。 いくら酒に酔ったからって、見ず知らずの男を誘うもんかねぇ……百歩譲って俺がゲイなら話は別かもしんねぇけど、俺はノンケちゃんだし。男に興味なんてねぇんだけどなぁ、ヤるならバックで決まりか。 なんて。 心の内を見せないまま、俺は乾いてきた隼の髪を片手で撫でてやる。すると、彼は心底嬉しそうに俺に微笑んでみせた。 「……ん、気持ちいい」 小さく呟かれた言葉と擦り寄ってくるような仕草、自然乾燥のわりには思っていたよりずっと髪質がいい男。俺よりも小さな身長も、隼が独りでに火照らせた身体の熱さも。その全てに、俺はまだ気づいていない素振りをしつつ、力の抜けた男を連れてエレベーターから部屋へと向かう。 しかしながらお互いが無言のまま、ムードがあるようで全くない異様な雰囲気で部屋の中へと入り込むと、ご丁寧に並べられたスリッパが二つ足元に転がっていた。 パタリと閉まった部屋の扉に自動のロックがかかり、俺たち二人以外が立ち入ることのできない密室と化したラブホの一室。 そこで二人だけの空間を手に入れ、誘った相手が逃げないことを感じたのか、部屋に入る前まで俺に凭れかかっていた男は、さも当然のように俺から離れて革靴を脱ぎ始めた。 その行動に恥じらう姿も色気も感じず、俺は隼の様子を伺おうと自分も靴を脱いで男の背中に問い掛ける。 「隼はさ、慣れてんの?」 「ん?何が?」 デカいベッドを視界に入れつつ、部屋の中で立ち止まった隼は背後にいた俺に向かい首を傾げてきて。 「っ…ん、ちょ…」 この可哀想な男のペースに合わせる必要はないと瞬時に判断した俺は、主導権を奪うべく隼の腰に手を回して挨拶程度のキスをした。 「イケナイ遊び、慣れてんのかって聞いたんだけど。もう答えなくていい、俺の好きにさせてもらうから」 唇が触れそうで触れない距離でそう言った俺は、この男が特別遊び慣れているわけではないことを一度のキスで確信し、そして再び口付けて。 「え、あ…んッ、ン」 徐々に鼻に抜けていく男の声を聞きながら、俺は同性と交わすキスも異性と交わすキスも、そんなに変わりないことを知った。 まだ触れ合うだけの唇、それなのに女と同じように蕩けてゆく男。この先、どんな反応をみせてくれるか……ただそれだけの好奇心のみでも、交わす口付けは深くなる。 「はぁ…ッ、ん」 ……抱き寄せて、キスをして。 男相手でも案外大丈夫そうだと、これなら余裕で突っ込めるんじゃねぇのって。この時の俺はまだ、浅はかな考えしか持ち合わせていなかった。
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