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サヨナラの前の忘れ物 15
口付けを交わしながら、腰に回していた手を徐々に上へ滑らせて。片手で髪を掴み、もう一方の手で俺は隼の胸元をまさぐっていくけれど。
隼との会話の切り口となった彼のタイピンが、俺の行く手を阻もうとする。ボールとスパイク、その二つのデザインのネクタイピンはまるで、隼の心の内を表しているように思えてならなかった。
きっと、隼は真面目な男だ。
彼女よりも仕事を優先して、男としてのキャリアをしっかりと身に付けてきたご立派な人間。今日会ったばかりの男だけれど、俺とは違って自分の仕事に誇りを持っているんだろうと思う。
だからこそ、隼は彼女に自分という人間を受け入れてほしかったに違いない。しかし、それが叶わぬ思いなら、もう恋なんてしないと……かと言って、彼女以外の女を抱くつもりもない隼にとっては、男に抱かれることが唯一、何も考えずに済む時間なんだろうと思った。
自分を粗末にして、快楽だけを求める。
それでいい、それでいいから。
そう、何度も心の内で叫んでいるような隼の姿に、俺を求める彼のつぶらな瞳に。誠実さが浮かんでは消えていき、そうして俺の中に新たな感情が芽生えてゆく。
この男は、面白いと思った。
単純にそれだけの好奇心のみで誘いを受け、今から抱こうとしている最中なのに。
快楽以外の余計な考えを持ち始めてしまったことに気がついた俺は、隼のタイピンを外す前に彼をベッドに押し倒した。
「ん、はぁ…」
まだ序盤も序盤、微かに舌を絡めただけのなんてことないキスだけで、僅かながらに潤んだ瞳を俺に向ける隼。男でも感度が良いヤツって本当にいたんだと、妙に冷静な頭で俺は彼に笑いかける。
「隼、本当に俺でいい?」
俺の好きにさせろと言ったはず、女を抱く時と変わりのないスタートを切ったはずなのに。心の中で湧き上がってくる不思議な感覚に囚われた俺は、彼のタイピンに触れて呟いた。
……コレを外したら最後だ、と。
後戻りは出来ないことを実感し、そして隼からの返事を待って。
「……飛鳥、もっと」
伸びてきた腕に、俺を求めている返答に。
腹を括った俺は、最後の最後に隼に忠告を入れるため口を開く。
「ちょい待ち、隼ちゃん。お前のこと抱くのは構わねぇけどさ、恋愛とか興味ねぇから。俺、女も男も一度も愛したことねぇんだよ」
「ん、分かってる……から、続き、して」
……この男は、本当に分かっているんだろうか。
一瞬、そう思った心の内に俺はゆっくりと蓋をした。
セックスなんてもんは、スポーツと一緒だ。
格闘技だと捉えるヤツもいるかもしれないし、俺のように趣味のような感覚になっているヤツだっているのかもしれないが。セックスは、ソレ自体に愛がなくても出来る行為だ。法を無視すりゃ合意がなくても出来てしまう、醜く愚かなものだから。
愛を混じえないセックスしか知らない俺と、人を愛したい男の交えないが如何なるものになるのか。先の見えない繋がりを求めて、俺は目の前の男のタイピンを外した。
「後悔しても知らねぇぞ」
これは、俺自身に向けた言葉だったのかもしれない。いい女、ではないけれど……隼は俺が踏み込んではいけない男、俺に抱かれてはいけないはずの男。
しっかりと愛情を注いでくれるヤツの腕に抱かれる方が、この男には合っていると分かっているのに。
「なんでもいいよ、俺は飛鳥が欲しいだけだから」
潤んだ瞳から頬を伝って流れ落ちた一筋の涙に、この男が抱える苦悩を一瞬でも共有してやりたいと思った俺の手が止まることはなかった。
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