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目には見えない不確かなもの 2

一日は24時間、その限られた時間をどう使うかは各々が決めることだけれど。時間に縛られながら生活することに違和感すら覚えない俺たちは、常に何かしらのルールに従い生きている。 それは日常で、確かなものだ。 常識という名の、当たり前で普通な違和感のないもの。時間も、暦も……目に見える形で表されているから、時計を見れば時間が分かるし、カレンダーを見れば日付けが分かる。 しかし、目に見えて理解ができるものなら安堵できるのに、どうして感情には確実なものがないのだろうか。 言葉にすることはできるし、感情を態度で示すことだってあるとは思うけれど。その本人にしか分からない感情は、いくらでも誤魔化すことが可能だから。 暗がりの夜道を駆け足で通り過ぎ、息を切らしながら辿り着たBARの前。重い扉に手をかけて腕時計の時刻を確認した俺は、30分以上の遅刻を告げる秒針を見た。 待ち合わせ時刻を過ぎているけれど、飛鳥から催促の連絡はない。店の外で佇んでいる気配もなかったことから、飛鳥が店内にいる可能性といない可能性が浮上する。 そして。 この扉を開けてしまえば、どちらか一方の現実が訪れることも……そう考えると、やっぱり帰ってしまおうかと。扉に手を掛けたまま思い悩んでしまう俺は、決断力のない駄目な大人だと思った。 ここに辿り着く前までは、迷いを消し去り必死になって目的地まで一目散にやってきたというのに。もしも飛鳥がいたらと思うと、もしも飛鳥がいなかったらと思うと……どちらにしろ、どちらをとっても俺は後悔しかしないような気がして。 それなら帰ってしまえばいいと思うのに、結果を知らずに帰宅しても結局後悔する気しかしない。 どの選択をしたとしても、俺は後悔するんだろうと。寂しさに流されて迷い込んだ思考の中で、俺は出口を探すことを諦めたから。 「いらっしゃいませ、お客様」 現実を受け入れる勇気なんてものは持ち合わせずに、俺はただ下を向き項垂れながらBARの扉を開けていた。 「……残念だったな、俺の勝ちだ」 「シンデレラのご登場ですね、俺の負けでいいッスよ。でも、彼に魔法かけたの俺なんで、そこんとこ忘れないでください」 「生意気なこと吐かしやがって、このクソガキが」 楽しげにバーテンダーの男の子と話している飛鳥の姿が飛び込んできたかと思えば、そのすぐあとに俺に向けられたのは二人からの笑顔で。 「あ、あの……なんか、すみません」 話の流れから、二人が何らかの形で賭けをしていてその対象が自分であることを感じた俺は、何に謝罪しているのかも分からずに二人に向かい頭を下げた。 飛鳥が待っていてくれたことに安堵している自分と、賭けの対象として遊ばれている自分。受け入れなければならない現実は、やはり一筋縄では出られそうにない迷宮だと思った。 「何に謝ってんのか知らねぇけど、遅れたことについては謝んなくていい。んなことより、お疲れさんだな」 「……え?」 俺の頭上に落とされた、優しく甘い言葉と手のひら。驚きと戸惑いとで止まりかけた心臓に、慌てて追いついてきたのは、微かな安らぎと高鳴り始めた胸の鼓動だった。 「今の今まで、仕事してたんだろ。シャワーも浴びずに走ってきましたって、お前の顔に書いてある。隼ちゃん、そんなに俺に会いたかったんだ?」 ……前言を、いや、先程思った一瞬の安らぎは訂正しよう。 「ふざけないでくれませんか。労いの言葉はありがたく受け取らせて頂きますが、僕は飛鳥に会うためにここに来たつもりはありません」
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