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目には見えない不確かなもの 3

着席することなく下げた頭、その頭を上げたくても飛鳥の片手は俺の頭を掴んだまま離してはくれなくて。なんとも不恰好な様で飛鳥の意見を否定した俺は、込上がってくる怒りと羞恥心で死んでしまいそうなのに。 「怒んなよ、素直じゃねぇヤツ……でも、俺はお前が来てくれてすげぇ嬉しいぜ?」 「……っ、とりあえず離してください!」 嘘か、本当か。 俺は飛鳥の発言に惑わされてばかりで、ざわつく心が痛い。こんな思いをするくらいなら、やっぱり会いに来るんじゃなかったと。そう思いかけた時、飛鳥の手は俺からすんなりと離れていってしまった。 強がった感情が、ぐらりと揺らいでゆくのは何故だろう。顔を上げて振り返り、元来た道を歩き出したくても。離れた手が恋しく感じて、ウイスキー色の瞳をもう一度だけ見ておきたくなるのは、何処からやってくる感情なのだろうか。 「俺に会いたくねぇクセに急いで来て、望み通りに離してやったら寂しそうな顔すんだから……隼、来てくれてありがとう」 「俺は、別に……」 店内で流れるしっとりとしたJAZZの音色も、周りのお客さんたちの話し声も、何もかも。今だけは聴こえていないみたいに、飛鳥の声だけが俺の心の中に入ってくる。 それは、何処か暖かくて。 孤独を感じて必死で誰かに手を伸ばしている奥底の俺に、語り掛けてくるような感謝の言葉だったから。 ゆっくりと顔を上げて飛鳥の視線を受け止めた俺は、柔らかい表情で微笑む飛鳥に申し訳なさを感じたけれど。 「隼、行くぞ」 「は?」 てっきり此処で何かしらの話をされるものだと思い込んでいた俺は、飛鳥からの言葉に間抜けな返答しかできない。しかし、飛鳥はそんな俺のことなど気にもせず、支払いをすることもなく俺の手を引きBARを出ようとして。 「いや、え……お会計はっ!?」 俺が今、気にするところはそこじゃないと思うけれど。思うけれども気にせずにはいられなくて、俺は飛鳥に片腕を引かれたままアタフタとしてしまうが。 「賭けに負けたアイツが悪ぃから、チェックはいらねぇんだよ」 「でもっ、まだあんなに若いバーテンダーさんにお代を持たせるのはあんまりなんじゃないんですかッ!?」 「じゃあ、お前が俺の飲み代払う?」 パタリと閉まったBARの扉、俺が飛鳥に文句を垂れている間に、俺は安らぎの空気から蚊帳の外へと引きずり出されてしまったけれど。 「……いくらですか、飛鳥の飲み代」 今ならまだ、店内に舞い戻り支払いを済ませることは可能だと思った俺は、飛鳥に握られていた腕を振り払ってスーツの内ポケットから財布を取り出し飛鳥に尋ねた。 しかし、飛鳥は俺の問いに答えることなく小さく首を振って俺を見つめるだけで。 「クソ真面目なお前の性格には感心してやる、けどな、店内で騒ぐのはどうかと思うぞ」 「それはっ、そう……ですけど」 ……元はといえば、全部飛鳥の所為じゃないか。 内心、そう思った俺の声は飛鳥に届かない。 「店の前で突っ立ってたら迷惑だろ、とりあえず歩け」 言われていることは最もだと思うのに、飛鳥に言われると何故か腹立たしくて仕方がない。でも、だけど……俺が飛鳥に会ってから、飛鳥が俺に怒るようなことはなくて。 「あの……どうして、どうして俺を誘ったんですか。なんでわざわざ、俺なんか……」 一歩ずつ、何処へ向かうかも分からない飛鳥の背中を追い掛けつつ、俺は飛鳥に問い掛けた。 「知りてぇなら、黙って俺についてこい」

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