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目には見えない不確かなもの 4
飛鳥のことはまだよく知らないけれど、口が悪く身勝手で、その上何を考えているのかさっぱり読めないような男を自ら追うことなどしたくない。
……でも。
振り返ることがない飛鳥の背中は俺からどんどん遠ざかり、心地よく響く革靴の音が俺の心を迷わせていく。
何の為にお前は此処にいるのかと、無言で語り掛けられているような飛鳥の後ろ姿を眺め、考えるよりも先に俺の身体は動いていた。飛鳥との距離感を一定に保ちつつ、俺はトボトボと暗い夜道を歩いて。
そして、BARから少し離れた場所にある駐車場に辿り着いた時、無駄のない歩行で前だけを見ていた飛鳥の足がピタリと止まって。小さなセンサー音が鳴り、一瞬だけ光ったライトが飛鳥の所有する車だと気づくまでに時間は掛からなかったけれど。
「……ん、どーぞ」
流れるような動きで助手席のドアを開けた飛鳥は、俺を見つめ微笑んで。なんとも手馴れたエスコートを甘んじて受けた俺は、無言のまま席に着く。
俺がしっかりと座り込んだことを確認してから閉ざされたドア、回り込んだ飛鳥の姿を無意識に追ってしまう俺の視線。広くはない空間の中で漂っている爽やかで上品な香りと、整理された車内で唯一目立つ洒落た灰皿。
そのどれもが、白石飛鳥という男を知る為の物のように思えて。何処から始まっていたのか分からない飛鳥への興味が、俺の中で次第に大きくなっていることを感じさせていく。
「大人しくついてきちゃって、今から俺がホテル行くっつってもお前は拒否出来ねぇんだけど。お前さ、そんなに俺のこと知りてぇの?」
「は?え……だって」
飛鳥が運転席に乗り、走り出した車の中。
ドアロックがかかる音とほぼ同時に話し出した飛鳥からの言葉に、俺は動揺を隠せない。
「だってじゃねぇよ、知りてぇことがあるからついてきたんだろ。それとも、素面でも隼ちゃんはド変態なワケ?」
「人をなんだと思ってるんですっ!?俺が飛鳥に、変態呼ばわりされる筋合いなんてないでしょう!?俺が知りたいのは、どうして飛鳥が俺を誘ってきたのかってことだけで、俺は別に飢えてるわけじゃッ……」
「顔真っ赤にして怒ることじゃねぇだろ。それに、俺はあくまでも例えを言ってやったまでだからな。お前が勝手に俺についてきたんだ、俺は何も悪くねぇ」
知りたいならついてこいと、そう言ったのは確かに飛鳥本人なのに。飛鳥の言動に振り回され、それでも飛鳥を選んだのは俺だからと……だから、この状況になっている原因は俺にあるって。そうとでも言いたげな飛鳥の態度に、俺は言葉を見失うけれど。
「……なんてな、今日はちゃんとお前と話がしたかっただけ。俺のこと、知りてぇなら教えてやるよ」
視線が交わることはなく、その代わりに飛鳥の声色に艶が増す。人を揶揄って蔑んだかと思えば、そのすぐ後にやってくる優しさを含んだ甘い誘い。
それは、俺の不安定な心を更に不安にさせてゆくのに。つい手を伸ばしたくなるような、危険な香りを放つ飛鳥に心を許したくなってしまう気がして。
「もう、結構です。気が変わったので、やっぱり僕は帰ります」
なんとかして僅かな理性を働かせ、自分の中の寂しさを食い止めようと俺は飛鳥にそう言ったけれど。
「お前、俺の話聞いてたか?今この状況で、俺の車乗ってるお前がどうしたら俺に楯突こうと思えんの?」
「それはッ」
「隼は、大人しく俺の話を聴いててくれるだけでいい。だから俺の横にいろ、いいな」
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