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目には見えない不確かなもの 6
「でも、でも僕は……俺は、彼女からの愛が欲しかった。俺の傍で彼女が笑って、小さな幸せを感じられる日々が愛おしかった。お金より、時間より、何よりも彼女が大事だったから」
「自分自身よりも、か?」
「それは……正直、よく分からない」
自分よりも大切で、大事だと想えた人。
その相手が自分から離れていってしまった時、俺は本当に心の底から彼女が一番大事だと思えていたのだろうか。そんな考えが浮かぶほど、飛鳥の問いには目見えない説得力があった。
「お前から彼女が遠ざかった時、全てを自分のせいだと思えたか?一瞬でも、相手のせいだと思ったなら、それはお前がまだ彼女よりも自分が大切だと感じた証拠なんじゃねぇの?」
「でも、それでも俺はッ……」
……俺は、何なんだろう。
本気で彼女が好きだったのに、本気で愛していると思っていたのに。彼女が俺を振った時、俺は彼女が俺を裏切ったんだと感じたことがあったから。
「ほらな、根拠がねぇ愛情なんて最初からない方がいい。所詮は他人同士、俺達人間ってのは、どんだけ努力したって分かり合えねぇ生き物なんだよ」
煙るタバコの匂い、霞んでゆく視界に見えてくるものは他人の男と知らない風景。顔を合わせたのは今日が二度目の他人同士、意見が違えば分かり合うことなんて不可能なことは分かっているけれど。
「……分かってる、そんなこと。そんなことくらい、俺だって分かってる。だから俺は、もう恋なんてしないと決めたんだ」
人を信じて裏切られて絶望して、結局俺は自分が一番大事だったんだろうと思う。だから俺は彼女が俺から離れていった時、恋愛はしないと心に誓ったんだと。
飛鳥の意見を肯定しつつも、腑に落ちない感情は俺の口から気持ちを吐き出そうと必死になっていた。
「でもさ、飛鳥……飛鳥の言ってることが正しいとしても、それを分かっていたとしても、俺たち人間は分かり合えないからこそ歩み寄りたいと感じるんだよ」
知らないから、知りたくなって。
できないから、できるようになりたいと思う。
産まれたての赤子のように何も知らない状態から、俺たちは様々なことを経験して大人になる。そこには挫折と失敗が必ず存在し、その度にこの世の終わりだと思うこともあるけれど。
「最初から理解する気がない飛鳥には、一生かかっても分からないことかもしれないね」
きっと飛鳥は失うことが怖いから、だから最初から愛なんて望まないようにしているんだろうと。そう思った俺は、飛鳥と目を合わせることなく呟いたが。
「でも、お前は俺に教えてくれんだろ?俺の知らねぇこと、その身体使ってさ。忘れたとは言わせねぇからな、社会人なら自分の発言に責任を持て」
「……ちょっと待て、どうして俺が飛鳥なんかにそんなこと言われなきゃならないんだ?そもそも、こんな話を俺にして飛鳥は何がしたいんだよ。どうして、話し相手が俺じゃなきゃならないんだ」
「隼ちゃんが面白いヤツだから。それと、お前が俺のことを知りたいと願ったから今こうなってんだけなんだけど。何かご不満でも?」
不満しかないはずなのに、言葉が出てこないのは何故だろう。飛鳥は何を考えているのか分からないヤツで、そんな男に同情しかけた俺が悪いのだろうか。
そう思った俺の心とは裏腹に、楽しげに笑った飛鳥の横顔が嬉しそうに微笑んでいるように見えて。距離を計る為の敬語を飛鳥に対しては使っていないことに気がついた俺は、不満だらけの心を隠すようにそっと瞳を閉じていく。
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