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目には見えない不確かなもの 8

ふわりとかきあげられた栗色の髪、パラパラと落ちてゆく前髪は一瞬見えた飛鳥の横顔をすぐに隠してしまうけれど。その仕草と伏せ目がちな睫毛が、俺の鼓動を早くさせて。 無駄にドキドキしている自分の感情を飛鳥に知られたくはなくて、俺は何食わぬ顔で飛鳥に問い掛ける。 「アイツって、その女性のことか?」 「違ぇよ、俺の弟だ。サッカーが大好きでプロ目指して人一倍努力してた三男坊、因みに俺が長男な」 茉央と呼ばれた女性に対し、飛鳥がこれほどまでに後悔の思いを抱いているのだとばかり思っていた俺は、飛鳥の返事に驚いたが。 「飛鳥には、長男さの欠片もない感じがするんだけれど……弟さん、ポジションは何処だったんだ?」 飛鳥が長男だったことにも俺は驚いてしまい、そしてこんな男の弟さんがサッカーを好きなことにもびっくりして。自分と同じでサッカーが好きな人がいることを単純に嬉しく思った俺は、女性の話をすっかり忘れたかのように口を開いていく。 「んなもん俺が知るワケねぇだろ。でも、昔のアイツはお前と同じ顔して笑ってたんだ……その笑顔を奪ったのが俺で、クソガキに変えちまったのも俺」 聞かなきゃ良かったと、俺は瞬時に後悔した。 「どういう経緯があったかは知らないが、弟さん、プロ目指して努力をしていたんじゃないのか?好きなら尚更、毎日のようにボールを追いかけていたと思うが」 俺と同じ笑顔がどんなものなのか、それは俺には分からないし想像もつかないけれど。好きなボールに触れている時、楽しいと感じる部分も含めて……俺は、弟さんの気持ちが少なからず理解できるから。 飛鳥のことよりも弟さんの気持ちに寄り添ってしまった俺は、飛鳥の表情を伺ってしまう。 「そう。でも、今は全くボールに触れてねぇだろうな。色々くだらねぇ話したけど、今日俺が隼を誘ったのは弟の為と俺自身の為」 無表情で呟かれたのは、俺が知りたかった理由。 くだらない話の話し相手に俺を指名した飛鳥の本音が洩れ、今まで揶揄われていたことを許してしまいたくなる俺はどうかしているんだろうと思った。 けれど、俺を誘った理由をこのタイミングで言われても、俺はどう返事をしていいものか困り果ててしまって。 何処に向かっているのか分からないドライブ、信号以外では止まることなく走り続ける車。運転手の飛鳥には、もしかしたら目的地なんてものはないんじゃないかと思っていたけれど。 長いようで短い会話が途切れ始めた頃、見知らぬ土地の少し怪しげな場所に車を駐めた飛鳥は、何も言わずにシートベルトを外した。 「隼、降りろ」 意味もわからぬまま飛鳥の言葉に従い、俺はゆっくり車から降りると周りの景色を見渡す。公園と呼べるほど遊具がある訳じゃない小さな広場と、公民館のような面影が残る廃墟。それを照らす街灯の光は付いたり消えたりを繰り返していて。正直、かなり薄気味悪い場所に連行されたんだと俺は思った。 「こんな格好して、この場所に来るなんて……昔の俺じゃ想像出来ねぇだろうなぁ、気色悪ぃわ」 上品なスーツに身を包み、足元に転がっていた小石を革靴で蹴り上げて。そう言った飛鳥は俺に柔らかく微笑むと、車に凭れてタバコを吸い始める。 「……隼ちゃんさ、お前が今なんでここにいるか分かるか?俺がどうして、この汚ねぇ場所にわざわざお前を連れてきたと思う?」
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