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目には見えない不確かなもの 9

どうしてと聞かれても、その答えは俺が飛鳥から聞きたいものなのに。ゆったりと煙を吐き出す唇は、飛鳥の心のうちを言葉にしてはくれなくて。 「……俺が、俺が飛鳥を知りたいと思ったから、とか?」 疑問文を疑問文で答え返した俺を見て、整った顔がにこやかに笑う。俺は、そんな飛鳥の細められた瞳に釘付けになり、飛鳥の手が俺に伸びていることに気づかなかった。 「ッ!?」 ゆっくりと、でも確実に。 俺の腰を抱き寄せ唇を奪っていった飛鳥は、タバコに口をつけ片目を瞑るけれど。不意討ちのキスに戸惑いを隠せない俺は少しでも飛鳥から離れようと後ずさり、そして車にぶつかった。 「痛っ、ぃ」 なんとも情けない自分に恥を感じつつも、俺にその恥を与えた張本人を睨みつけて。俺は崩れた体勢を整えながら、車に凹み等がないかを確認する。 次から次へとやって来る様々な感情と、現状を理解しようと必死になって動く頭。幸いにもかすりキズ一つ付くことのなかった車のボディ、この車は一体いくらするのか考えるのが恐ろしくなった。 「こんなことくらいでなにをそんなに驚いてんだよ、自分から車に突撃してたら世話ねぇぜ?」 「飛鳥が変なことしてくるからこうなったんだッ!」 暗闇の中でもはっきり分かってしまうくらいに、今の俺の顔は赤く染まっているんだろうと思う。やっぱり飛鳥とは話すだけ無駄だと、後悔の念をつのらせる俺は自分を軽蔑せざるを得ないけれど。 「ご名答ついでにご褒美、いらなかった?」 無駄に甘い飛鳥の声が俺の耳を熱くさせ、俺は唇に残ったままの淡い感触をなかったことにしようと自分の唇を手の甲で拭い口を開ていく。 「……なんで褒美がキスなんだ。こんなよく分からない場所に連れて来られても、飛鳥のことなんか何も分からないじゃないか。飛鳥は、お前は、俺をどうしたいんだよ」 「誰もいねぇ廃墟で野外セックスとか、お前だけ全裸にして露出写真撮ったりとか。まぁ、わいせつ行為しやすい場所ではあるわな」 「ふざけるなッ!!」 細く長い紫煙を吐き出して、ただただ笑っている飛鳥。怒るなと言う方が無理な飛鳥の発言に、俺は声を張り上げた。 「真面目なヤツってなんで冗談通じねぇかなぁ……まぁ、だからお前は揶揄い甲斐があんだけどさ。そんな隼ちゃんに頼みがあるから、お前をここに連れてきたんだ」 「いくら頼まれても、俺は野外プレイも露出もしない」 「だーかーらぁ、そうじゃねぇんだって。ここはな、アイツの秘密の練習場で、俺が弟から夢を奪った場所なんだよ。ここでボール蹴ってたアイツの髪掴んで、俺は弟を引きずり回したから」 ……言葉が、出てこなかった。 あまりにも話の落差が激し過ぎて、飛鳥が弟さんにしたことがあまりにも酷すぎて。おそらく、今日一番の胸の傷みを感じた俺は息を吐くことさえ忘れそうになる。 飛鳥に対しての怒りはもちろん収まっていないし、こんな男の話を聞くだけ無駄だと分かりきっているのに。それでも、俺に弱さをみせる飛鳥を放っておくことは出来なくて。俺はゆっくり腕を組み、無言のまま飛鳥を見つめた。 「やーちゃんはさ、すげぇ可愛いヤツだったんだ。俺そっくりで、でも俺より何百倍も素直で真っ直ぐで……そんなヤツが夢を諦めなきゃならなくなったのは、クソ親父の一言だった」

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