28 / 49

目には見えない不確かなもの 10

自分の親をクソと呼ぶのはどうかと思うが、俺はとりあえず飛鳥の発言に口を挟むことをせずに耳を傾ける。 「うちじゃ、お前の夢を支援してやれないって……やーちゃんはさ、ちっせぇ頃から努力してプロの道への第一歩を踏み出したところだったんだ。でも親父のその一言で、アイツの夢は夢で終わった」 短くなったタバコをコンクリートの上に落とし、当たり前のようにそれを踏みつけた飛鳥。しかし、火が消えたタバコは、弟さんの夢も儚く消えていったような錯覚を俺に植え付けて。 「……それ、弟さんがいくつの時だ?」 踏みつけたタバコを摘みとり、ご丁寧にスーツから携帯灰皿を取り出した飛鳥に俺はタイミングを見計らってそう尋ねた。 「やーちゃんが小6ん時に、トレセンメンバーに選ばれたんだんだよ。でも俺ん家、俺を含めて兄妹四人いるからさ。んで、一番下の妹がまだちっさかったことと、会社の経営が上手くいってなかったこととが重なってな」 家庭の事情で子供の夢を支援出来なかった飛鳥の親、俺が指導している子供たちの中でもこういった事情を抱えている子たちは少なくない。 それでも、各県の選抜として選ばれる実力があったらしい飛鳥の弟さんのことを考えると、夢を諦めることがどれだけ辛いものだったのかが容易に想像できてしまう。 「トレセンを辞退しても、中学の部活サッカーでプロ目指すって。高校はサッカーの強豪校に行くからって、家族の誰からも支援されることはねぇのに、アイツはたった独りで夢を追い続けようとしてた」 「そりゃあ、簡単に諦められないだろ……本当にプロになりたい気持ちが強ければ尚更、弟さんは小さい頃から目標を持って努力していたんじゃないのか?」 「そうなんだよ、でもプロになれるのなんて一握りの人間だけだろ。今思うとアイツにはその一握りの中に入れる実力があったんじゃねぇかとか、無駄に考えちまうけどな……でも、当時の俺はまだガキだった」 子供だったから、幼かったから。 自分の知識以上の物を、抱え込めない歳だったから……夢のない自分、先がない自分、そんな過去の飛鳥は、弟さんの夢を支援するだけの心の器がなかったんだと。 真っ暗な闇の中、ボロボロの廃墟を見つめた飛鳥の瞳は過去と現在を写し出していた。 歳を重ねてから、分かることは沢山ある。 あの時こうしておけばよかったとか、過去の自分の選択を悔いてしまうことは少なくないけれど。 飛鳥が話してくれた過去から、この場所は時が止まったままのように思えてならなくて。悔いが残る場所にわざわざ他人の俺を連れてきた飛鳥のことを、俺は知らず知らずのうちに理解しようと必死になっていく。 「後悔、してるんだろ……でも、飛鳥が弟さんにしたことは許されることじゃない」 好きなことを無理矢理嫌いになって、諦めるしか術がなくなって……そうして失った夢と希望は、弟さんの心を酷く傷つけているんだろう。 しかし、その傷を負わせた男が今になってこんなにも傷ついていることを弟さんが知ったなら。それでもやはり許しを乞うのは違うのだろうと、俺の勝手な解釈だけで俺は飛鳥に尋ねていて。 「許して欲しいなんて思ってねぇよ、全部俺が悪いから。ただ、アイツには俺みたいになってほしくねぇだけだ」 端から許される権利などないのだと、自分の過ちを理解している飛鳥の言葉は俺が思っていた以上に重かった。
9
いいね
0
萌えた
12
切ない
0
エロい
0
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!