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目には見えない不確かなもの 11

他人同士の俺と飛鳥。 まだ知り合ったばかりの2人。 一度だけ互いの距離はゼロになっていたらしいが、身体を繋げたからといってその相手を理解できるわけではない。 「……飛鳥、みたいに?」 自分みたいになってほしくないと思う、そう感じている本人は一体どのような人間なのか。それが知りたくて飛鳥に問い掛けた俺に、飛鳥は苦笑いしつつも思いの外しっかりと答えてくれたのだ。 「生きる目的もなく、ただ生きてるだけの人間にはなってほしくねぇってことだよ」 根拠のない愛情は無駄だと語っていた飛鳥、自分が一番大事だと言った男の内面は空っぽだった。 人として生きている俺たちは、何をするにも理由をつけてしまう癖があるのだと思う。生きるために理由がほしい、目的がほしい……知らず知らずにそう考え、誰かのために、仕事のために、夢のために、自分自身のために、等と生きる目的を正当化する。 それがいつしか心の拠り所となり、今を生きている自分を守る術となるけれど。 毎日が死と隣り合わせで日々の一分一秒を常に全力で生きている人間というのは、この日本では少ないのかもしれない。 生きる意味を問われたら、俺はしっかりとした考えを述べることができるだろうか……そう考えてもみたが、俺の答えはNoだった。 「アイツの幸せなんてもんは、アイツ自身が決めればいい……けど、その幸せが何なのかも分からない男にはなってほしくねぇんだ」 後悔とは少し異なる、祈りような気持ち。 それを飛鳥から感じた俺は、何も考えていないように思えた飛鳥の心の内を見た気がした。 飛鳥は生きる目的がない男のようだが、名刺の名誉にはそぐわない。名刺を見た時は、人生を超イージーモードで遊んで過ごしてきた人間だとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。 親の職を次いで、レールの上を走ているだけのボンボン息子だと思っていたのに。一般的な学生時代を過ごしていた感じはしないけれど、飛鳥は飛鳥なりに俺の知らない世界で苦悩を経験してきたのだろうと思った。 そうでなきゃ、弟さんの夢を自らの手で奪ったことを俺に話したりしないだろう。俺が今、飛鳥から聞いてる話が全て嘘だとしたら話は変わってくるが……どう捉えても嘘をついているようには思えない飛鳥の言動は、俺の考えをころころと変えていく。 本当は、誰よりも優しい人間なのではないかと。 ……いや、本当に優しい人間だったなら、会ったばかりの俺をこんなにも振り回すようなことはしない、か。 そんな思考を巡らせつつ、俺は右手で自分の唇に触れていた。 不意打ちのキスで、一瞬だけ触れ合った箇所。 温かくて、それでいて酷く冷めた気持ちを植え付ける飛鳥の唇を俺は目で追いかけてしまう。 一体、飛鳥は俺に何を求めているのか。 次に発せられる飛鳥からの言葉を無言で待つ俺は、暗闇の中でニヤリと笑う飛鳥の口元を見逃さなかった。 「……俺には出来ねぇことでも、隼になら出来ると思う。お前さ、サッカー好きの生意気な部下いらねぇか?」 薄く形のいい唇が声と共に音を発し、風に乗って俺の耳に入ってくる。その言葉は、なんとも他人任せで、しかし……喉から手が出るほど、今の俺が欲しているものだったのだ。
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