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目には見えない不確かなもの 13

【飛鳥side】 一度捕らえた獲物は、思いの外上玉だった。 玉転がしが好きな男は、おそらく俺の頼みを大人しく聞き入れるだろう。 けれど、ここ最近は仕事が立て込んでいて隼に構う暇もなければ弟を誘い出す時間もなく、仕事付き合いの飲みばかりでそのうち俺の頭がハゲる。 ハゲたら大人しくスキンヘッドにでもするかと、アホなことを思いつつも俺は職場から帰宅し、社用車をガレージに駐めると土砂降りの雨の中を数秒間駆け抜けた。 梅雨入りしたらしい日本列島は、ゲリラ豪雨のような激しい雨に見舞われている。外の雨音が聴こえる薄暗い部屋で、しっぽり女と絡み合うのは楽しい遊戯だと思えるのに。 俺が開けた扉は、残念ながら家の玄関。 家だけは無駄に広い実家に住んでいるのは、今では子供たちだけだ。両親は海外へ行ったきり帰ってくる気配はなく、放置された妹が少しばかり不憫に思うけれど。 「……前髪下ろすと雪にぃと瓜二つじゃん、ガチめにキモイ、鳥にぃ」 ……ったく、本当に可愛くねぇクソアマだな。 ずぶ濡れで帰宅した兄に向ける言葉がキモイとは、思春期真っ只中の妹を相手にするのも楽じゃない。ただ、靴を脱ぐ前に部屋から出てきた妹とばったり会ったのは不幸中の幸いだった。 「やーちゃんが俺に似てんだから当たり前だろ……んなことより、タオルとってこい」 「は?うざ」 ......うぜぇのはテメェだ、バカマンコ。 という言葉を無理矢理呑み込み、俺は哀れな妹を見つめ声を出していく。 「華、マジで頼む」 「ッ……分かったから、同じ顔と同じ声でその呼び方やめて。華はね、雪にぃに会いたいのずっと我慢してるんだから」 罵声を浴びせられるのにはかなり慣れている兄妹たちだけれど、流石に放送禁止用語を妹を発するのは気が引けて。 嫌がらせとばかりに弟のやーちゃんと同じ呼び方をしてやり、俺は華の心を態とらしく抉った。そうでもしないと、なーちゃんのお高くとまった鼻はへし折れない。 雪夜にだけ懐いている華だが、不貞腐れつつもタオルを持って現れた妹に俺は感謝を伝えてやり、濡れた身体をある程度拭き上げてからリビングへと向かった。 「あれ、鳥が帰宅とは珍しい。女んとこ行くのかと思ってた、今日雨だし」 既に帰宅していた次男の遊馬はソファでダラけながらも俺と視線を合わせてくるが。 「雨、関係なくねぇか?」 濡れたタオルを頭に被り、そう言った俺に対して、まーちゃんはニヤリと笑いこう告げた。 「雨の夜はカーセクし放題だって、どっかのアホがかなり前そうに言ってたの思い出したから」 「あー、ソレは確かにアホかもな。若気の至りだ、あの車がヤりやすかったってのもある」 クズはクズなりに遊ぶのがお似合いだ。 けれどもう、車内で盛るほど欲に溢れているワケではない。 俺の気分が乗らないのも関係あるんだろうが、今日はリビングのソファで寝たいから帰ってきたというのに。 「鳥、そろそろ雪に乗せてる車メンテしてやんねぇとそのうち逝かれんぞ」 免許取り立てはどうせすぐに車を打つけて帰ってくるだろうと思い、やーちゃんには俺のお古の車に乗せているけれど。打つけるどころか、キレイに乗りこなしている弟は、俺のような荒い運転などしていない。 「やーちゃん几帳面だから、オイルエレメントとかは定期的に交換しに行ってんぞ……けど、まーちゃんしっかり見てくれたりする?」 整備士としての腕は信頼している遊馬に、俺はそう問い掛けた。
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