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目には見えない不確かなもの 14

やーちゃんが乗るようになってから月日が経つが、あの車は俺よりもやーちゃんとの相性がいいらしい。 「まだ少し先にはなるけど、盆休み中なら時間あっから見てやれる。費用は鳥持ちでよろしく、兄貴」 普段は生意気に俺のことを鳥かアホと呼ぶクセに、金銭が絡んでくることを踏まえて俺に忠告される前に兄貴と呼んだまーちゃんは賢いヤツだと思った。 「ん、イイ子。日時指定は?」 「8月15日の月曜ならいつでも」 遊馬の都合に合わせてやーちゃんを誘い出せば、俺もアイツとゆっくり話ができる……が、問題はなーちゃんだ。 「やーちゃんにはそのうち俺から連絡入れとくけど、なーちゃんには何も言うなよ」 面倒ごとが嫌いなまーちゃんが、わざわざ華に話すとは考え難いけれども。念入りに口止めした俺に、遊馬は怪訝そうな顔をした。 「誰が言うか、あの小娘にこんな情報渡したら雪が死んじまう。折角此処から出られたってのに、親の奴隷なのはアイツも変わんねぇだろ」 「親ってか、やーちゃんはなーちゃんの奴隷だ。枷がないように見えて、一番繋がれてんのはやーちゃんだからな」 三男坊のやーちゃんは、家業を継ぐ必要がない。ただ、その反面……妹の華を幼い頃から世話させていた為か、華から溺愛されているやーちゃんはこの家に近寄ることを拒む。 大学入学と同時に実家から出て、独り暮らしを始めた雪夜。そんなやーちゃんのことを俺も遊馬も陰ながら応援しているけれど、当の本人にその気持ちはなかなか届かない。 「雪は兄妹ん中じゃ、一番の苦労人だ。バカ親や華だけじゃない、俺らだって同罪なんだよ……けど雪はまだガキだからな、嫌うしかできねぇのも理解はできる」 「まぁ、嫌われて当然のことしてきたし……そんでもよ、やーちゃんってすっげぇ可愛いから構っちまうんだよなぁ」 「反抗してくる割には、捨てられた仔犬みたいな眼して俺らのこと見てくるからじゃねぇの……うちの兄妹、みーんな愛情不足」 どこまで満たせば、安定するのだろうか。 俺や兄妹に限らずとも、人間なんてもんは誰だって愛を欲する生き物だろうに。 無償の愛を受け取れずに育つと、与え方が分からなくなる。そのまま人に与えられずに過ごしていると、いつの間にか受け取ることすら困難になる。心の何処かで拗れた愛のやり取りは、等の昔に諦めているけれど。 たった一人を愛せた遊馬は、俺より人間ができている。厳つく怠そうな男だが、俺がこの弟に勝る日はおそらく死ぬまでこないだろう。 好きな女の為に、その身を捧げられるような男。仕事に於いてはかなりの職人気質だし、腕っ節も良い。中身のない俺とは異なり、しっかりとした芯があってソレが揺らぐことはない野郎だ。 「愛なんか他人に向けるもんじゃねぇよ、自分を可愛がってやれるだけで充分……ただ、まだ愛されたがりの二人にとっちゃ辛いことなのかもな」 「いいんじゃね、それが若さだろ。過去を変えてやることはできねぇけど、未来は好きなことして生きれんだから。雪にも華にも、幸せになる権利はあるぜ」 「まーちゃん、カッコイイ」 「どーでもいいけど、濡れたままでいると風邪引くぞ。兄貴の仕事は俺じゃできねぇんだから、倒れられたら困んだろ」 何故、こうも俺たちは不器用なのだろう。 うちの兄妹は皆、素直さが欠落している。 けれど。 そこが可愛く愛おしいと、そう捉えてくれる相手と出逢ったなら……今後の人生は、大きく変化していくものなのかもしれないと思った。

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