33 / 49
目には見えない不確かなもの 15
「……で、今更連絡してきて何の用ですか」
梅雨の季節から時が経ち、漸く落ち着けた7月の終わり。今後の予定を考え、久しぶりに隼を呼び出した俺だったが。予想を遥かに超える隼の不機嫌さに、俺は笑いを堪えきれなかった。
「2ヶ月間俺に放置されたの、そんなに嫌だった?」
「ッ、違います!」
「強がっちゃって。今更の連絡に対して苛立つってことは、俺に早く会いたかったっつってるようなもんだ……な、隼ちゃん?」
5月に隼を初めて抱いて、その次の日に嫌味な連絡を入れてやり、やーちゃんの話をしたのがその1週間後。
仕事のし過ぎで今にもぶっ倒れそうな隼に、早いところやーちゃんを充てがってやりたかったが……そんな時間は何処にもなく、今に至っている。
ただ、上手い話をされた後に焦らされていた隼の態度は面白いものだ。
いつものバーで待ち合わせだったが、案の定遅れてきた隼ちゃん。嫌々来るくらいなら最初から来なきゃいいのに、疲れた身体を無理矢理引き摺って現れた男。
重い扉を開け、俺と視線を交えた一瞬の表情は安堵感を隠し切れていなかったけれど。俺の隣の席に腰掛けた隼から、開口一番に吐かれたのは文句だった。
そうして。
「あの、ビールください」
不貞腐れたままの顔で俺の問いに応えることなく、隼はアルコールを注文した。
その姿に苦笑いしたのは、俺ではなくバーテンの若造。左耳の安全ピンに触れ、俺をチラリと見てからクソガキはビール用のグラスを手に取った。
隼ちゃんの酒の弱さを知っているのは、俺だけではない。提供側のこのクソガキも分かっていること……飲ませていいのかと、俺に確認を取るように視線を向けてきたバーテンは日に日に成長しているけれども。
「……どうぞ」
隼の前に置かれた生ビールが俺の答えだということに気づいているのはクソガキだけで、喉仏をしっかりと上下させながらビールを嚥下している当の本人は何も感じていないようだった。
「あーあ、いい飲みっぷりだねぇ……トト、たぶんコイツ今日すぐ潰れるから隼のチェック分俺につけといて」
「あーハイ、了解ッス……この時期の生イッキはかなり美味いですから、楽しんでもらえて何よりッスよ」
蒸し暑い季節に、キンキンに冷やされたビールを流し込む瞬間は確かに美味い。ただ、マスターの息子の誠 はまだ16になったばかり。名の語尾をとり、トトと呼んでやると嬉しそうに笑う犬みたいなヤツ。
「生意気なガキだな、嫌いじゃねぇけど」
俺の隣で生ビールをイッキ飲みした隼と、その光景を目の前で見ているクソガキ。未成年の飲酒には目を瞑ってやるとしても、大の大人が酔っ払いに変貌する様子は褒められたものではないのだが。
「……もう一杯、同じものを」
「あ、えーっと」
隼の一言で、今度はチラ見ではなく俺をガン見したガキは、ただただ笑っている俺を視界に入れた後にこう言った。
「ハイ、かしこまりました」
その15分後、完全に出来上がった隼はカウンターに突っ伏し、蕩けた瞳でチェイサーが入ったグラスを見つめている。
「っ、はぁ……もう、ホントになんなんですか。自分の意見言うだけ言って勝手にそれを押し付けたかと思えば、その後はまったく音沙汰なし。淡い期待を持たせておいて、やっぱり嘘だったんだって落胆して……俺、すっごい馬鹿みたいじゃないですか」
寂しかった、と。
言葉にできない野郎が一匹。
此処にも、俺と同様に、素直さが欠落した不器用な男がいた。
ともだちにシェアしよう!