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目には見えない不確かなもの 16

「隼、残りの愚痴は車内で聞くからとりあえず店出るぞ」 「んぅ…」 「飛鳥さん、本日もありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」 ビール2杯をイッキ飲みし、日々の疲労と相まって誕生した酔っ払いの肩を抱えつつも、支払いを済ませた俺は丁寧に頭を下げているトトにヒラヒラと手を振った。 「飛鳥ぁ、帰る……の、か?」 店の重い扉が閉まったと同時にそう呟いた隼ちゃんだが、コイツを連れてホテルに入る気にはなれずに俺は返答をしないまま車へと向かう。 「あ……俺、まだお金払ってない」 フラフラしている身体でも頭はそれなりに働いているのか、金銭に関しては酔っていても気にしている様子の隼が可愛く思えた。 「ハイハイ、お前の分の支払いも俺がしたから大丈夫だ。今日は真っ直ぐ家に帰してやるよ、酔っ払いの真面目くん」 奢られるのが当たり前の女とは異なり、隼は割り勘を好む。男として単に借りを作りたくないのだろうけれど、そんなクソ真面目なところが俺の悪戯心を煽る。 「……やっと会えたのに、やっぱり俺には興味なんて1ミリもないんじゃないか」 俺に支えられながらもトボトボと歩いている隼の足が止まり、吐き出された言葉に本心が混ざっていく。 「一夜限りの遊びなら、それを実行してほしかった。受け取った名刺も、あの日のキスも、忘れたいのに、俺は何一つ忘れられていない……続きがあると思うと、その先を望んでしまうから」 歳上男のなんとも情けない弱音だが、裏を返せば俺に興味を抱いてほしいと叫んでいるような発言。 「弟さんの話だって、俺はあの後から結構真剣に考えてたんだ……それなのに、あれっきり飛鳥からの連絡は途絶えたままでさ」 足元に落ちている小さな石ころを右脚で蹴り、隼ちゃんは年齢にそぐわない態度を取る。子どのように俺の腕に絡みつき、唇を尖らせて。前に進むことを拒む野郎に、俺は大きな溜め息を零した。 「仕事の付き合いばっかで、時間取ってやれなかったんだよ。それに、そんなに俺に会いたかったなら自分から連絡すりゃ良かったんじゃねぇのか」 「だって……迷惑だろ、そんなの」 会いたかった。 そこを否定することがない酔っ払いに苦笑いしつつも、この男に求められるのは何故だか悪くないと感じた。 「迷惑かどうかはお前が決めるんじゃねぇ、俺が決めることだ。行動すら起こせねぇヤツが、はなから勝手に結果決めつけんてじゃねぇぞ」 「行動したって結果は同じだ、飛鳥は俺より女を選ぶ。今日だってそうだろ、飛鳥から女物の甘ったるい香水の匂いがする……そもそもキミはゲイじゃないし、俺だってこんな気持ち本当はいらないんだ」 ……あー、クッソめんどくせぇ。 「いらねぇクセに俺に縋ってんのは何処の誰だ、言ってみろ」 「竜崎、隼」 「……フルネームかよ」 「間違ってはない」 アホらしい。 けれど、酷く面白い。 真面目な男のベールがゆっくりと剥がれ落ち、徐々に壊れていく姿は、女の鼻をへし折るよりも有意義な時間だ。 不満そうな顔をしながら俺から離れることのない隼を強引に引き摺り、俺の車に無理矢理放り込んでやる。 「まだ……帰りたく、ない」 「言いたいことはそんだけか?」 「……飛鳥?」 何を言われているのか分からないといった様子でも、ちゃっかりシートベルトすんのを忘れない隼ちゃん。些細な仕草から隼の人柄が溢れてくるようで、俺はつい微笑んでしまった。 「単純にまだ家に帰りたくねぇのか、それとも俺と離れたくねぇから帰んのが嫌なのか、どっち?」

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