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目には見えない不確かなもの 17
俺が与えた選択肢によって、隼の未来は僅かに変化する。
ただの帰宅か、来客者を招くのか。
俺からの問いに、隼が選んだのは後者だった。
しかしながら、半分夢の中にいる男から家までの道案内をしてもらうのは諦め、必要事項のみを聞き出した俺はナビを信頼することにした。
思いの外、バーから近い距離にあった隼が暮らすマンション。洒落た外観と、それに合うよう植えられた植物。小さなライトがいくつかそれに明かりを灯しているため、真夜中の帰宅でも安心感が得られそうなアプローチだ。
「隼、着いたぞ」
とりあえず隼ちゃんが指定した番号に車を駐め、横にいる野郎に声を掛けたけれど。
「……車は、3番に駐めて。俺のお隣さん、今空室だから」
「ソレ、さっき聞いたから今もうそこにいんだけどさ」
「キーケースの1番右、これ……あ、ここオートロックだ」
独り言のように呟く隼ちゃんは、上着の右ポケットから革製のケースを取り出し俺に見せ、そして笑った。
不用心極まりない隼の言動だが、酔いが回っていなかったらこの男は絶対にパーソナルスペースの侵入を拒否するだろう。
「行こう、飛鳥?」
……酒って、すげぇんだな。
隼には合法麻薬のような働きをする飲酒、酔いが覚めたら自分で俺を自宅に連れ込んだことを酷く後悔する隼の姿が目に浮かぶ。
ゆったりとシートベルトを外し、ふわりと俺の手を取って。そのままじゃ車から降りれねぇよバカがと思いつつ、俺は隼の唇を奪った。
微かなアルコールの香りを漂わせ、吐息を漏らした隼ちゃん。確かに俺は隼に会う前、その辺の女とホテルにいた。それこそ一夜限りの関係で、後腐れない行為をして。隼の感情を揺さぶるために、邪魔な匂いを纏わり付かせたが。
「……ここじゃ、嫌だよ」
「嫌なら手離せ、バカ野郎が」
「ッ…ン、あ…すか」
予想以上に俺を欲する男、表向きはクソ真面目に生きている野郎。コイツをこれからどう弄んでやろうか、そんな考えを巡らせて。
車から降りた俺の手を引き、自身の家へと向かった隼は11階でエレベーターを降りていく。こんなところまでサッカーに拘っているのかと思い、それが無性に可愛く感じた。
「汚いかもしれないけど、どうぞ」
酒の力か、俺だからか。
隼が自ら開けた自宅の敷居を跨ぎ、俺は勝者の笑みを浮かべる。これで心置きなく、隼の名刺を雪夜に渡してやることができるから。
隼の個人情報を俺が保護できたこと、此処にやってくるのが今日隼を誘い出した本来の目的だった。
玄関から入ってすぐ、左側にはシューズボックスが確保されており、その上にキーケースを置いた隼は、俺が脱いだ分の靴まで揃えている。
普段からこのような行動をとるのか、来客者用の対応なのかは分からないが。几帳面過ぎんだろ、と……内心で苦笑いしつつ、俺は丸まった隼の背中をぼんやり眺めていた。
「そこ、右側の扉開けるとリビングあるから進んでいいよ」
酒に頼らずとも、ここまで素直になれていたならもっと気が楽だろうに。男としてのいらないプライドを持ち合わせている隼ちゃんは、傷ついた心を放置したまま今も孤独に耐えているのだと思った。
扉を開けた先にある、一人暮らしにしては広いリビング。そこから直線上に伸びている通路には、いくつかの扉と引き戸がある。
どう見ても、2LDKの間取り。
どうやら、婚約者と暮らすハズだったマンションに隼はまだ、独りで住み続けているようだ。
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