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目には見えない不確かなもの 19

本当は自分を変えたくて、飛鳥を此処に招き入れたのかもしれない、と……そう語った隼は俺の腕の中から抜け出し、冷蔵庫の前に立つ。 セールスのマグネットがアホほど貼られている実家の冷蔵庫とは異なり、隼の家の物はシンプルでサイズもコンパクトだ。 「水でいい?」 「ん、なんでもいい」 当たり前のように問われ、適当に返事をしたものの。隼の手に握られていたのは、缶ビールが2つだった。 「まだ飲む気でいんのか?」 ……そもそも、それは水じゃねぇだろ。 薄笑いでそう声を出した俺と、内心はまるで違うことを思うけれども。隼ちゃんは揺れる車内で仮眠を取っていたこともあり、ほろ酔いくらいに落ち着いてきたのかと思っていたんだが。 「付き合ってよ、明日は久しぶりの休日なんだ……それに俺、飲まないと飛鳥の顔すら真面に見れないから」 素面なら絶対に口にはしないであろう言葉をすらすらと並べていく隼は、キッチンにそれを置くと片手でプルタブに触れる。 「……ん、あれ」 もう片方の手で缶を支え、両手を使って開ければ済む話なのだが。へし折れるんじゃないかと思うくらいに細い指先に力を込めている隼は、どうやらスマートに缶を開けたいらしい。 が、しかしだった。 「開かない」 いくら待てど隼の手にあるビールが開くことはなく、時間の無駄だと判断した俺は声を出す。 「ったく、バカすぎ」 酒を煽りたい理由も、缶ビールが開けられない状況も。呆れ返るほど馬鹿馬鹿しいのに、その必死さに頬が緩む。 苦戦している男の横で、俺が片手ですんなり缶を開けると、隼は少しだけ悔しそうな顔をした。それはまるで幼い頃の雪夜を見ているようで、隼の意地らしい姿に思わず世話を焼きたくなってしまう。 「その手どけろ、お前のはこっちな」 先に開けたビールを隼に手渡してやり、まだ開けていないもう1つを隼から奪い取った俺はそれを自分で開けていく。 「なんでできるんだ、俺はできないのに」 開けられた缶ビールを2つ、互いの手で持ち上げたままコツンとそれを合わせて。立ったままビールを喉に流し込んだ俺たちは、当然のように視線が交わっていく。 「無理して片手で開ける必要ねぇだろ。飲めりゃ一緒だし、お前は危ねぇから両手で開けろ」 「いや、俺もたまにはカッコつけたい」 「バカ野郎が」 「違う。飛鳥が俺をバカバカ言うから、きっと本当にバカになってきたんだ。今までの俺はこんなんじゃなかった、こんなに振り回されたりしない」 俺を睨みながら文句を吐いても、酔っ払い特有の力ない目じゃ意味がないんだが。 「バカにバカっつってナニが悪い、事実だろ。素面の隼ちゃんなら別かもしんねぇけど、今はただのバカだ」 「ほらまた!そうやって俺のことバカにする!あのね、バカって言ったほうがバカだから。俺より飛鳥のほうが、何十倍もバーカなんだよ」 こんな挑発、久しぶりに聞いた。 小学生のような発言に、本当にこの男はコーチが務まっているのかと無駄に気にしてしまう。 それにしても、ムキになって突っかかってくるこの感じはすげぇ可愛い。 「ふーん、そんならお前の好きにしてみりゃいいじゃん。逆に俺を振り回すくらいのこと、できるもんならやってみろ」 挑発を挑発で返してやると、下唇を噛んだ隼は何も言わずにビールを飲み干した。
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