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目には見えない不確かなもの 20

コトン、と。 気の抜けた音がするのは隼のビールが空になった証拠、そのままシンクに転げ落ちていく空き缶には目もくれずに隼は俺との距離を詰めた。 「飛鳥、俺はお前より歳上だよ?」 「まぁ、確かに俺は隼より歳下だけど、お前は俺に抱かれる側だぜ?」 話ながらも酒を煽り、目線を下に向ける。 すると、上目遣いで俺を見ている隼の頬が嬉しそうに綻んだ。 「その返答、また俺を抱く気があるって意思表示になるけど……いいの?」 熱の篭ったつぶらな瞳で俺を真っ直ぐに捉えたまま、絡みつくように触れ合った指先は冷んやりとしている。 「どうだろうな。俺より歳上のクセに、一々確認しねぇとそんなんも分んねぇの?」 ……隼の沈黙の答えよりもずっと解りやすく応えてやる俺って、お人好しだ。 抱いてくれ、と。 隼が素直に言葉にしたなら、泣き喚くまで焦らして遊びたいんだが。明日が休みなのなら尚更、優しく接する必要はなくなるけれど。 「大人ぶらないでくれ。遊びで人を切り捨てる人間のクセに、こんなに優しく俺に触れるなんておかしいよ」 挑発の誘いも、必死になって俺を煽ろうとしている姿も、歳上とは思えず、近寄ってきた頭を俺は無意識に撫でていたらしい。 それを優しさとして受け入れた男は、皮肉を口走っているのに目を細めて俺の胸に身体を預けてきた。 「おかしい俺に寄ってくるお前はもっとおかしいヤツだな、隼ちゃん」 「……ん、もうなんでもいいよ。俺は飛鳥を感じたい、それだけだから」 完全に酔ってやがる、このバカ野郎。 初回も、俺はコイツに考えることを放棄された。なんでもいい、そう洩らした隼の表情は今でもきちんと覚えている。 おそらく、今も同じ顔をしているのだろう。 コイツが俺を受け入れた時、隼は何を思ったのだろうか。 俺は、その答えをまだ知らないままだ。 だから、なんだろうか。 本来の目的は、果たし終わっているのに。 長い夜は、始まりに過ぎなかった。 ……ナニもせず帰る予定でいたんだが、なーんでコイツは俺の咥えてんだろうな。 「ン、ぐ…」 あのまま、我慢できずに俺を襲いに掛かってきた隼は、寝室の扉を開いて俺をベッドへと招き入れた。 なんとなく、気まぐれで。 部屋の中に視線を向け、隼の好きにさせてやっていたら、この通りの結果になったワケだけれども。 「まぁ……満足するまでしゃぶっとけ、ド変態野郎が」 「ッ、んぅ…」 あからさまな求められ方に、何故俺は若干の苛立ちを感じているのだろう。俺の脚の間に埋まる隼の頭、そこから濡れた音が響いているのに。面白味に欠けるようなこの時間を、俺はタバコを咥えてやり過ごしている。 寝室のチェストに置いたビールの空缶、それに灰を入れつつ、この部屋に俺がいた痕跡をゆっくりと残していく。 少しずつ、毒を注ぐように。 バカ野郎の意識の中に俺の存在を潜り込ませ、消えない記憶と化せばいい。 「はぁ…ッ、ぅ」 俺のブツを咥え込んで悦んでいる姿は滑稽だが、そこまで経験があるわけではなさそうな隼からの愛撫はかなり緩やかでもどかしい。 コイツも一から手を取り教え込まなきゃならないのか、と……一瞬過ぎった思いは、昔の俺の背中を見ているようだった。 アイツは、今頃どうしているだろう。 俺には縁のない幸せを、偽りではない愛情を、たっぷり得られているだろうか。 不器用なままではなく、素直に生きているだろうか。時間をかけて塞いだアイツの傷口が、再び開くことのないように。 ……どうか、幸せであるように。
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