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目には見えない不確かなもの 23

乱れた呼吸を整えるように上下する胸は、真っ平らで色気がないのに。この男を無性に抱きたくなる衝動は、なんなのだろうか。 性処理をしたいワケじゃない。 快楽に溺れたいワケじゃないけれど。 孤独に耐え、必死で生きている男をこの手で抱き締めてやりたくて、どうしようもなくなる。 与えるように。 いや、寧ろ差し出すように。 俺の中で眠るちっぽけな優しさで包み込んでやりたいと、そう思えた相手はアイツの他じゃ此処で倒れているヤツだけだ。 「ハァ...ぁ、ん...はぁ」 「踏まれてイクの、そんなに良かった?」 俺のジャケットに縋ったまま、それはそれはだらなしなく無様な状態を晒している隼ちゃんに俺は声を掛けつつも右足を上げた。 人肌に温められていた足裏は、布越しに触れていた体温から遠ざかると途端に不快な感覚を植え付ける。 こんなことなら靴下を脱いでおくんだったと、仕掛けた遊びの反省点をピックアップしながらも俺は濡れた靴下を脱ぎ捨てていく。 素足で革靴を履くのは気が引けるが、隼に流され手を出した......いや、足を出した俺が悪い、か。 ステータスにすらならない男を前にして、くだらない考えが浮かぶ自分。その中で得られた感情に名を付けてやることはできないが、フローリングと未だ仲良くしている隼に対し、今度こそ手を差し伸べてやろうと俺は腰を下ろした。 「飛鳥…なん、で」 荒い呼吸は徐々に緩やかになってきたものの、賢者になりそびれた様子の隼ちゃんは俺のジャケットに埋もれたまま声を出す。 「消えな、い」 「ん?」 ボソボソと聴こえる音。 しかしそれはまだ俺の耳に言葉としては届いておらず、とりあえず隼の手を取り起き上がらせてやったけれど。 フローリングから腰が浮くことはなく、項垂れた隼は涙目で俺を見る。 「腹の奥、ココ...ずっと、変なまま、消えな…くて」 ぐすんと鼻を啜りながら呟かれていく言葉に、ニヤケそうになる頬を隠すため俺はタバコを取り出した。 「飛鳥、俺...おかしい、んだ」 ドロドロに濡れた下着を脱ぐこともなく乱れたシャツを羽織るわけでもなく、ありのままの姿で俺を呼ぶ隼の声はイイ。 けれど。 「ナニを今更言ってんだ。そりゃ、俺にこんな扱いされても悦んで感じてんだから、テメェがおかしいのは当たり前だろ」 ゆったりと吸い込んだ煙を吐き出し、わざとらしく俺が笑うと隼は唇を尖らせた。 「ちがっ、う...そういうんじゃなくて」 意地らしい表情で俺の意見を否定し、腹に手を置いた男。それがナニを意味するのか、生憎俺はそんなことも分からないほど気が利かない男ではない。 「ンっ、あ...」 柔らかな唇に、キスを落として。 その先を望むよう回された腕に、少しだけ安堵する。 抱く予定はなかった身体をこの胸の中に抱え込んで、吸い始めたばかりのタバコの煙に溜め息を吹き掛ける。 明日の朝は、のんびり帰ろう。 濡れた靴下は、隼を揶揄うためのオモチャにしよう。 寂しさや不安なんてもんを押し殺して生きている感覚は、できれば知りたくなかったけれど。 僅かに開いた心の隙間に入り込んできた男に、全てを晒け出してやってもいいのかもしれないから。 「......可愛過ぎんだろ」 「...ん?」 色々とヤりきれずに収まっていない熱を感じ、隼の髪を撫で笑った俺から洩れた言葉に首を傾げられたけれど。 「しっかり飼い慣らしてやるから俺んとこおいで、隼ちゃん」 肯定の意を含む頷きと、甘過ぎる微笑み。 ソレに応えるように交わした口付けは、ゆっくりと深まっていく。
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