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失ったものと得られたもの 1
【隼side】
焼けるような陽光が、瞼に刺さる。
頬に触れる人肌ほどの温かさも、香るタバコの匂いも。身体中に痛みを感じているような違和感も、おそらく気のせいではないだろう。
閉じているこの目を開けたら。
きっと、それが現実として俺の目に飛び込んでくる……それを、喜ばしいこととして今の俺は受け入れることができるだろうか。
いや、単純に喜んで終われる関係ならそもそもこんな気持ちを抱くこともないわけだが。
諦めからスタートする関係なんて、望んでなどいなかった。誰でもいいから、誰かに寄り添ってほしかった。
ただ、それだけで求めた相手に想いを寄せてしまうのは違う。理解していることなのに、心の奥は何処か寂しい。
自分のものにはならないと分かっている人を欲してしまうことは、どれだけ愚かな思いなのか。想像だけでおつりがくるほどの苦しみを、俺はこれから経験しなければならなくなるのだろうか。
けれど。
徐々に強まるタールとニコチンの匂いに俺が眉を寄せても、緩やかに髪をとく人の手が止まることはない。
段々と微睡んでいた意識が目を覚まし、まだ夢の中だった感覚はクリアになっていくのに。
心地良さで堪らなくなって、胸が苦しくなるのは何故なのか。その理由を悟るには早い気がして、俺は一向に瞼を開ける踏ん切りがつかなかった。
でも、それでも。
「……隼、起きたか?」
寝起き一番で聴く彼の声は穏やかで、それが無性に嬉しかったんだ。
うろ覚えの記憶の中で、ようやく埋められた寂しさを感じたくない。このまま、何も知らないフリをして寝続けていたい。
この温もりがなくなる前に。
縋ることに慣れてしまう前に。
……次を、期待しないように。
深く吸い込んだ空気をゆったりと鼻から吐き出し、掻き乱された心が少しでも整うように祈っていく。
目を開けるか、声を出すか。
問われた言葉に返答しようと準備する自分が心底恥ずかしいのに、この男の微かな優しさに俺は流されてしまう。
「……あす、か?」
受け入れたくない現実を目の当たりにする勇気が湧かず、結局後者を選択しつつも恐る恐る目を開けていった。
すると。
「ん、おはようさん。誰の膝の上で丸まってんのかは把握できてるな、イイ子だ」
甘く蕩けるようなウイスキー色の瞳と視線がぶつかり、そのまま降ってきた言葉に胸の高鳴りを感じてしまう。
「っ…」
反論したいのに、何も言えない。
誰にでも似たようなセリフを吐いているに違いないと、頭では理解しているのに、甘過ぎる笑顔で微笑まれてしまうと心が飛び跳ねそうになる。
独りには、慣れたつもりでいた。
俺にとってはボールが恋人で、仕事が愛人のようなものだ。それなのに、どうして俺はこんなにも足掻こうとしているのだろう。
何を考えているのか読めないこんな男、嫌いなのに。もしも手綱を引かれるなら、飛鳥でなければ嫌だと思う自分がいる。
拒みたいのに、拒みきれない。
受け入れて、さらけ出して。
……失ったものはきっと、理性だ。
腹の奥に感じていた熱も、溜め込んでいた欲情も。まるで全てが嘘のように、開放的な空間に身を任せていたような気がする。
言葉とは裏腹に、俺に触れる飛鳥の指先があまりにも優しくて抑えが効かなかった。相手への気遣いと、一つ一つの小さな反応を見逃さない視線。
揺れる腰の強弱も。
呼吸すらも操られているかのような、自分じゃどうしようもできない感覚に襲われても。
それが、心地良くて堪らなかったんだ。
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