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失ったものと得られたもの 2
ただ、それが夢なのかなんなのかは把握できていないけれど。
「よく寝てたけど、ちゃーんと水分取らねぇとお前死ぬぞ。もうちょいこのまま休んどけ、水持ってきてやる」
どうして、ソファに腰掛けている飛鳥の膝で俺が身体を丸めて寝ているのかは不明なんだが……此処、もしかして、俺の家、なんじゃないか。
はっきりしてきた視力で目にした現実は、見慣れた部屋の中に俺と飛鳥の2人がいる世界線だった。
彼女に切り捨てられた心は、いつの間にか閉ざしていた。もう、誰も入れるつもりのなかった家に、どうして人がいる……って、昨夜の俺の失態か。
リビングのソファに身体を預けたまま、考えることは山ほどあるけれど。
「ん、飲めるか?」
人の冷蔵庫を勝手に開けないでほしいとか、俺の家の中で堂々と下着姿で歩かないでほしいとか、無駄に綺麗な肉体美をしていることにゲンナリしたりとか。
言いたいことは言葉にならずに、俺は手渡されたペットボトルを受け取った。
「……あり、がと」
「すげぇ不満そうな顔してんのに、律儀に礼は言うんだな……まぁ、いつまで怒らずにいられるかは知らねぇけど」
俺のために立ち上がり、わざわざ俺の冷蔵庫から俺が購入したミネラルウォーターを手渡してきた飛鳥が気に食わないとか、そんなことは、思っていないはずだ。
それに。
蕩けてしまいそうなほどの甘い表情と、穏やかな声に乗せた飛鳥の優しさを今更無下にすることはできない。
「僕、あの……昨夜、やらかしました?」
乾いた喉を潤しつつ、ほぼ分かりきったことを問う俺は平然を繕う。
「あー、俺的には別に、ナニも」
「……いや、それ絶対嘘だろ」
ニヤリと頬を緩ませながらも飛鳥から発せられたセリフに眉を寄せた俺は、溜め息を吐いて目の前の男を見つめた。
「あれ、酔い覚めてんのに可愛い顔すんじゃねぇか。嬉しいねぇ、少しは爪痕残ってんだ?」
寝室にあるはずの毛布に包まれた身体、俺が目覚める前の頬に触れていたのは間違いなく飛鳥の太腿。昨夜、俺はソファでこの男に抱かれたのかは定かじゃないが……それにしても、甲斐甲斐しくはないだろうか。
思えば、この男は初夜が明けても俺の隣にいた。ないと思っていた2度目の朝も、こうして俺に構っている。
これじゃあ、変な期待をしてしまう。
よからぬ感情が、根を生やし始めてしまう。
……俺が俺でなくなる前に、真面目に清く生きなければ。
「嬉しいとか、簡単に言わないでください。可愛いも余計ですっ……ホントに、何考えてるんですか!」
自ら飛鳥を自宅に招き入れたことは棚に上げ、言われた言葉だけに反論した俺はペットボトルを握り締めるけれど。
「テメェは昨日、ナニを考えて俺を此処に連れ込んだか覚えてねぇだろ。そんなに知りたきゃ、その重たい足腰引きずって寝室覗いてこい」
「まだ寝とけとか、動けとか……っとにもうッ!!」
「あ?動けねぇなら抱っこで連れてってやってもいいけど。そんな顔赤くしちゃって、実は最初からぜーんぶ記憶あったりしてな」
ザワつく。
掻き乱される。
この男といると、平常心じゃいられない。
けれど。
俺の頬に触れる指先が温かくて、そのまま顎を掴まれ強制的に交わった視線を辿れば、吸い込まれそうになる瞳があることを俺は既に知っていて。
「…ッ」
失った理性を手にしているのが飛鳥だと悟った瞬間、俺は逃れられない現実に直面した。
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