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失ったものと得られたもの 3

知らなければ良かった、と。 数時間前の過去に触れて思うことは、そんなありふれた内容だ。 飛鳥に抱えられ寝室に向かうのは気が引けてしまい、自分の足で立ったものの。ふらついた俺の腰に手を回した飛鳥は、そのまま俺を支えて寝室まで歩みを進めた。 その結果、受け入れたくはない現状を目にする羽目になった俺は酷く落胆して……言葉が、出てこなかった。 「そんなキツイか?」 「……当たり前、だろ」 腰に触れている手は離してもらえず、それでも羞恥心で熱の篭った顔だけは見られまいと俺は飛鳥と正反対の方向に頭を背けていく。 アルコールの匂いが籠らないようにするためか、全開になっている窓から入る冷気が心地良く感じてしまうくらいに、身体が、熱い。 部屋に漂うタバコの香りと、普段と違う様子のベッド。辛うじて難を逃れましたと訴えてくるのは、フローリングに落ちている掛け布団だ。 その横に転がる俺のスーツには皺が寄り、クリーニングに出す覚悟はあっさりと決まったけれど。 おそらく俺と共にソファまで連れていかれたらしい毛布は無事だが、一目見て分かるほどに、乱れて濡れたシーツはまだ乾き切っていないのだろう。 ……コレ、絶対汚したの俺だよな。 そう思っても、安易に受け入れられないのは何故なのか。事実の確認をしなきゃならないのは理解しているけれど、記憶が定かでない俺は、全てを知る男に尋問しなければならない。 しかもその内容は、事故や事件ではなく単なる俺の失態についてだ。 なんとも、気が重い。 ついでに、腰も痛い。 今日がオフで本当に良かったと思う反面、時間があるということは飛鳥を振り払う口実が減ってしまったことに溜め息が漏れる。 「顔真っ赤だけど。なーんか、思い出したりすんの?」 この状況にも関わらず、緩く軽い問い掛けをする飛鳥が心底気に食わない。戻れるのなら、記憶を辿らず、飛鳥と出逢う前の世界線へと舞い戻りたいけれど。 「記憶ねぇの、もったいねぇなぁ……昨日の隼ちゃん、すげぇ可愛かったのに」 耳に触れそうな唇で囁かれたセリフを、間に受けてはいけない。誰にでも発せられている言葉に一喜一憂していては、飛鳥の思う壺だ。 「ッ……そ、そんな女性が喜ぶようなお世辞、僕にも通用すると思わないでください。それより、いつまで支えている気ですか」 いつまでもこの雰囲気に流されているわけにはいかず、怠い腰を自らの手で支えた俺は飛鳥の手を振り払った……はず、なのだが。 「俺からすりゃ、強気で可愛くねぇお前も魅力的だからなんでもいい」 「え……っ、ちょ」 左側に開いた寝室の扉の横、開放的なスペースに押さえつけられた俺の身体は、どうしてこんなにも壁と仲良くしているんだ。 うちのクロスってこんなに白かったのか、と……どうでもいいことを考える余裕が俺にもあれば、どれだけ良かっただろう。 何からナニまで手馴れている飛鳥に、経験値の差を見せつけられるのは屈辱でしかないのに。 取られた手首に込められる力は微力で、逃げようと思えば逃れられるんだ。 けれど。 背後から両脚の間に捩じ込まれた飛鳥の片膝が俺の邪魔をし、上手く身動きが取れない。 「体格差考えて物を言え、潮まで吹いて痙攣してた男がよく言うぜ。それともナニ、このまま犯されたくて煽ってくれてたりすんの?」 「そんなわけないだろッ!?」 「ふーん、ざんねーん……って、なってんのは俺より隼だな。勃ってんぞ、身体はちゃーんと覚えてるってよ」
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