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失ったものと得られたもの 6

「でも、そこには愛情がなきゃ……相手を好きになってこその、そこからの行為じゃないのか?」 淡い恋心は、確かに存在する。 俺が愛した彼女とは、続くことがなかったけれど。初対面からの出逢いと別れを考えると、身体本位な行為に至るまでの間に、育まなければならない情があったのは事実だ。 慈しむ想いに欲を乗せていくような、心の繋がりがあってこその性行為……だと、俺は思いたいんだが。 俺の発言をぼんやりと聞き入れタバコを咥えた飛鳥は、腑に落ちない顔をしているように思えた。 「なら、なんでお前は俺に抱かれようと思ったんだろうな?」 「それはッ……」 ライターで火を点け、飛鳥に吸い込まれた空気と共に俺の鼓動が早くなる。 言い返せない事実に目を背けてはならないと、現実を告げる飛鳥の声はただ正論を語っただけに過ぎなかった。 「どっかで求めるもの、惹かれるものがあったからだろ。俺だって誰かれ構わず抱くわけじゃねぇの、相手は選ぶぜ?」 ニヤリと緩く綻んだ口元に色気を感じて、視線を逸らした俺はボソリと声を出す。 「それは嘘だ、絶対嘘」 「なんでお前が勝手に俺のこと決めんだよ、俺はこんなくだらない嘘吐かねぇわ」 「でもっ」 「隼は、俺の何を知ってる?」 女性との行為中に洩れた吐息、スマホ越しで聴いたソレは確かに飛鳥のものだった。スーツについた甘い移り香も、手馴れた駆け引きも……全て、見えてはないがそこには確かに女の影がある。 俺以外の人間をその腕に抱いていることは明白なのに、問われた言葉に反論する勇気が出ない。はぐらかされるのがオチか、若しくはストレートに現実を突かれて笑われるかの二択だろうから。 と、なると。 俺が今出せる答えは、浅はかな常識としてのものと、俺の小さな強がりだけだった。 「……社会的地位くらいしか知らない、けど……そうじゃないだろ、そういうんじゃなくて、飛鳥は、貴方は軽過ぎるんです」 「軽いっつったって、重い誘いなんてウゼェしキメェだろ。軽いくらいの方が、程良くリラックスできていいんじゃねぇの。そーれーにぃー、隼の誘いは俺より軽かったし……な?」 「だっ、だってッ……いや、それに関しては僕が悪いことだとは思いますが……酔っ払いの誘いに乗った、貴方も貴方なのではないですか」 どう誘い、どのように絡み合っていたのかなんて鮮明に思い出せるほど俺は酒に強くない。自分のことを棚上げするのは好まないが、飛鳥相手なら話は別だ。 感情を引き摺り出されるような感覚は、この男にしかないものだから。繕えない気持ちを直視する自信がなく、飛鳥にそう言った俺は小さく溜め息を吐いていく。 「全てを晒け出す覚悟がなきゃ、本当に気持ちイイ快楽なんてもんは手に入らねぇよ。けど、隼はソレを知ってるヤツだと思ったから、俺はお前を抱こうと思った……ただ、それだけの話」 「俺が男でも、ですか」 「そう。ソレが真実で、俺の全て」 それでも。 この関係には、出してはいけない欲がある。 それを晒け出してしまったら最後、飛鳥が俺を抱くことはない。 薄々、感じていたこと。 おそらく、身体の相性が頗るいいことは俺の部屋が証言しているようなものだ。 記憶としては把握できていないが、溢れるほどの快楽は体がしっかりと覚えている。 けれど。 それに甘え、縋ることは許されない。 誰のものでもないこの男を手に入れようと思うことなど、愛情とは程遠い。 ……理性と引き換えに得られたものが、独占欲だなんて笑えないだろ。
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