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6 変化
「で?言いふらす?俺のこと」
王子に睨まれて、僕は手を振った。
「言わないよ!
八王子くん、知ってると思うけど、
僕は友達がいないし…
それに、皆が知らない八王子くんを知れてラッキーだなって」
と僕が言うと、「きも…」と彼が呟いた。
僕は怖くなって背筋を正す。
今日見た彼のことは、幻ということにして忘れちゃおうかな。
「お前さ、こんな俺でも好きなわけ?」
背の高い彼に見下ろされ、不覚にも胸が騒ぎだす。
「え、う、うん。どんな八王子くんも素敵だと思うよ」
「……、恥ずかしい奴。
聞かなきゃ良かった」
「だ、だって!八王子くんはすごく優しくて、僕なんかに『ありがとう』って言ってくれて、
僕、本当に救われたんだ」
「もういい、黙って。
とにかく、学校で俺のこと言いふらしたら…、殺すから」
最後にひと睨みされて、僕は震え上がって頷いた。
あんな怖い人たちとつるんでるんだ、殺されかねない!
「い、言わないです!」
僕がそう言うと、彼は満足そうに頷いて「気をつけて帰れよ」と僕を解放した。
「この辺り、あんまり治安良くないから、2度とうろつくなよ」とも。
塾があるから、来ないわけにはいかないけれど、不用意にふらふらするのは辞めておこう。
でも、やっぱり八王子くんはなんだかんだで優しいと思う。
もしかしたら、彼が王子を保っていられるのは、こういう息抜きがあるからなのかな、と
僕は帰り道考えていた。
でも、僕はいつものキラキラな王子の姿の方がいいなと思った。
そして翌日、学校に行くといつも通りの八王子くんがいた。
朝、一瞬目があって、僕は慌てて「おはよう」と言うと、彼は以前見せた無表情になったが、次の瞬間には笑顔で「おはよう」と言った。
やっぱり、彼は怖い人なのかもしれない。
それで、その日の昼休み、彼が「山路くんさえ良ければ、一緒に昼でもどうかな?」と声をかけてきた。
こんなことは初めてで、僕は彼の顔を見てポカンとしてしまった。
それがよくなかったのか、彼は「どうかな?」ともう一度言うと、全然笑ってない目の笑顔で圧をかけてきた。
絶対あれは、笑顔じゃない。
圧をかけている顔だ。
他の人は気づいてないかもしれないけど!
僕は慌てて頷き、お弁当を持って立ち上がった。
彼についていくと、そこは空き教室だった。
彼は、椅子にどさっと座ると、立ち尽くす僕に目で隣に座れと合図した。
僕はおずおずと一席空けて隣に座る。
「頂きます」と彼が呟き、ご飯を食べ始めたので、僕も「頂きます」と呟いて、弁当に手をつける。
八王子くんとお昼ご飯を食べるとか、ご褒美のはずなんだけど、全然味がしない。
なんとか咀嚼していると、空のお弁当をまとめた彼が、不意に僕の膝の上に落ちてきた。
「えっ!?へっ…、え…、ええ!?」
僕が慌てていると「うるさい。寝るから静かにして」と言って目を閉じた。
その日の僕は、昼ごはんが喉を通らず、初めてお弁当を残した。
それから、お昼は王子と過ごすことが増えた。
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