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8 花の妖精のような

花壇を見つけて2日目。 王子と離れて5日目。 といっても、教室では今日も輝かんばかりに王子は活躍していて、僕は視野見で推し活をしている。 でも、関わりがなくなったからこそ、今は彼を眺めるのが辛かったりする。 あんなに美味しかった塩むすびが、今ではただの質素なおにぎりとしか感じない。 お弁当に戻せばいいのに、全然食欲がないから、残してしまうのは、母に申し訳ない。 「ただの塩むすびにして」ってお願いした時は、すっごく驚いていたけれど、 「お昼に友達とゲームをしているから、落としそうなご飯は食べられない」となんとか誤魔化した。 それをまたお弁当にして、なんて言ったら心配かけちゃうかもしれないし。 それに、文化祭が終わったら、また一緒に過ごせるかもしれないんだから! 4時間目の終わりに、生徒会のメンバーが王子を呼びに来て、立ち去るのを悲しい気持ちで見送る。 もちろん、視線が合うわけもない。 僕はため息をついて立ち上がった。 でも、今日は場所を探す必要はない。 それだけが救いだ。 ようやく見つけた秘密の場所に腰掛け、おにぎりを取り出す。 「あれ?きみ、誰?」 少し高い男の子の声が聞こえて、僕は驚いておにぎりを落としそうになった。 慌てて掴みなおして、ほっとしていると 「驚かせてごめんね」 と、声の主が申し訳なさそうに言った。 「い、いえ」 僕はこの人とどう接していいか分からず、俯いた。 早くどこかへ行ってくれないかな。 「きみ、1年生? 僕も1年生なんだ。 花井優飛、整備委員だから花壇のお世話をしてる」 優しげな声で言われて、僕は顔を上げた。 「じゃ、じゃあ、ここは花井くんの場所なんだ。 ごめん、僕どこか違う場所に行くよ」 僕が立ち上がると、花井くんは僕の手を掴んだ。 「え、待って待って! 誰の場所とかじゃないよ! 確かに僕はここで過ごしているけど、君が良ければここにいなよ。 えっと…、名前は?」 「山路…、です」 そう答えてから、でも、やっぱり誰かがいる場所だと心が休まらないし、惜しいけれど明日からは別の場所にしようかと考える。 「山路くんね! 良かったら僕の話し相手になってよ! 僕、高等部からここの学校に来たんだけれど、全然馴染めなくてさ… 山路くんは僕のこと余所者扱いしなさそうだし…、だめかな?」 その言葉に僕は驚いた。 花井くんは、どちらかというと顔立ちが整っていて、女子から敬遠されるようには見えないし 僕なんかに話しかけるくらい人懐っこそうなのに、こんな子でも孤立するんだ… 「でも、僕ってつまらない人間だし、 話してても楽しくないと思うけど」 「そんなことないよ! 少なくとも山路くんは、僕に敵意を向けたりしないでしょ? そういう優しい人が僕は好きなんだ」 急に「好き」なんて言われて慌てるが、きっと彼は少し人たらしみたいなところがあるんだろう。 所謂、リップサービスみたいなものだと、僕は自分に言い聞かせた。 でも、この出会いのおかげで、僕は”八王子くんの不在“を耐え凌ぐことができたのである。

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