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9 冷たい

翌日、恐る恐る花壇に向かうと、花井くんが花壇の草をむしっていた。 やっぱり、八王子くん以外の人と過ごすなんて無理だと思い直し、踵を返したところで 「あ!山路くん!」 と声をかけられた。 観念して振り向くと「良かった。来てくれたんだ」と花井くんが笑った。 その姿に少し胸が痛んで、僕は「ここしか空いてないから…」と言って、縁に座る。 「そうだよね。 初等部からあるから、他の学校より人が多くて、なかなか穴場がないよね」 花井くんはむしった草をまとめると僕の隣に座った。 僕は思わず、持っていたアルコール入りのお手拭きを渡した。 「えっ!?ありがとう」 と花井くんは、それを受け取って手を拭った。 女の子みたいに綺麗でほっそりした指。 ところどころ草で切れたのか、少し荒れている様に見える。 アルコール、沁みたかも… 「整備委員ってちゃんと活動してるんだね」 滑らかに動く手から目を逸らして、僕はおにぎりを眺めながら言った。 「うん。適当にサボろうと思って入ったけど、おかげでいい場所を見つけられたからね」 「え?」 「だから、ここは綺麗に保とうと思ってる。 僕と山路くんの居場所だからね」 「そ…、うなんだ。頑張ってね」 にっこりして僕を見つめる花井くんに、僕はなんと答えていいか分からない。 友達がいないから分からないけど、花井くんの距離感って普通なんだろうか。 八王子くんの距離感ともなんか違う。 だけど、花井くんは話をするのが上手くて、話を聞きながらご飯を食べるとあっという間にお昼が終わった。 1人で時間をやりすごす昼休みよりも、うんと過ごしやすかった。 「また明日も来てくれる?」 始業五分前のチャイムが鳴り、僕が立ち上がると花井くんは僕を見上げて言った。 「うん。楽しかった…、し」 恥ずかしくなって、尻すぼみになりながら俯く。 「やった!僕も楽しかったよ。また明日」 明るい声が聞こえて、顔を上げると、花井くんはとても嬉しそうに笑っていた。 「あ、うん。じゃあ」 僕は逃げるようにその場を立ち去った。 素直で、僕なんかにも明るく接する花井くんの性格が眩し過ぎた。 彼は本当に、周りの人に恵まれなかっただけで、いくらでも友達を作れる人だ。 いつか、彼も僕に飽きてどこかに行ってしまうんだろうな。 そもそも、冬は花壇の世話とかないし。 花壇の場所は、八王子くんと過ごす空き教室よりも遠くて、5時間目が始まりそうだ。 慌てて教室に向かうと、ちょうど自分のクラスの入り口で八王子くんと鉢合わせになった。 「あ…、は、八王子く…」 そう言いかけたが、廊下には誰もいないからか、僕から目を逸らして、そっけない感じで教室に入っていった。 「…」 なんでもないことなのに、そんな態度にもショックを受けてしまった。 やっぱり、八王子くんにとっての僕っていてもいなくても同じ、たまたま自分の裏の顔を知っている監視すべき対象なのだろう。 一方的に特別な関係かもと浮かれていた自分が途端に恥ずかしくなった。 何をしようと僕はただのジミーなのに。

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