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26 副会長
よく眠れないまま登校することになった。
課題も手につかなくて、正直、今日授業で当てられたら間違いなく爆死してしまう。
それでも、昨日のことを思い出すとすごく恥ずかしいけれど、脳内はお花畑だ。
教室に入ると、友達と談笑していた八王子くんに目が吸い寄せられる。
が、彼はいつもの如く、僕には一瞥もくれない。
そうだよね。
舞い上がっているのは僕だけで、彼にとっては味変の性処理みたいなものだろうし。
でも、むしろいつも通りで助かったかもしれない。
だって、目なんて合ったら、奇声をあげてしまう自信がある。
4時間目が終わり、いよいよお昼休みだと僕が構えたところで、教室に訪問者があった。
「あ、煌也〜」
入り口で少し目線を彷徨わせた後、彼女は大きな声で八王子くんの名前を呼んだ。
小走りで彼の元へ走り寄る。
すっごい美人…
彼女が少し動いただけで、艶々の長い黒髪がさらりと揺れた。
「早速、推薦の原稿書いてきたから、今から確認してくれない?
ついでにお弁当も持ってきたから一緒にいい?」
ハキハキとした話し方に、コロコロと表情が変わるところが、知性がありつつ愛嬌があるように感じた。
「ああ、ありがとう。相変わらず仕事が早いね」
「そりゃ煌也が副会長に立候補するのに、推薦者をやって欲しいって言われたらやるしかないでしょ」
そう言って彼女が彼の肩を軽く叩いた。
副会長…?八王子くんが?
それはとっても応援すべきことで、僕だって喜ばしいし、絶対に彼に票を入れる。
けど、推薦者に選んだ人…、あんなに可愛い人なんだ…
僕の学校の生徒会役員は、立候補制で一定期間、朝校門の前に立って挨拶をしたりする。
投票の前には演説をするんだけれど、推薦者をそれぞれが指名して、応援演説をしてもらうことになっている。
投票までの期間は、立候補者と推薦者は、ほぼずっと一緒に活動することになるだろう。
そりゃ、僕なんかが役員はおろか、八王子くんの推薦者なんて大役を任せてもらえるわけがない。
けど、せめて相手が男子なら…、悲しいけど花井くんとかなら、まだ心穏やかだったかもしれない。
でもまさか…、女子だなんて…
しかも、下の名前で呼ぶほどの親密さ…
僕は、午前中までの脳内お花畑が一転、あっという間に焼け野原と化した。
お昼も当分別々なのかな…
昨日の夕方にしたようなことだって、忙しかったり、身近であんなに可愛い子がいたら、僕となんてやりたくないだろう…
僕はまたいつかのように、しょぼくれて空き教室に向かった。
以前と違うのは、場所はあるということ。
でも、心を軽くしてくれた花井くんのような人は、もういない。
「まあ、煌也と私なら当選確実でしょ。
来年には生徒会長か〜。
来年も推薦者は私にしなよ」
「メグミは気が早いな。
選挙前から敵を作るような発言やめてね」
「は〜い」
そんなふうに小突き合いながら2人が横をすり抜けていく。
八王子くんを下の名前で呼ぶ人はいるけれど、彼の方からも下の名前で読んでいる人は初めて見たかもしれない。
僕はショックのあまり、お弁当袋を床に落としてしまった。
が、柔らかいおにぎりだけが入っているそれは、大した音を立てず、2人はそんな僕になんて気づきもせずに角を曲がって視界から消えた。
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