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29 誘い?
始業5分前のチャイムまで、誰も喋らない時間が続いた。
八王子くんは椅子に浅く座って眠っているし、花井くんは携帯を見ていた。
僕はひたすら正面のグラウンドと時計を交互に眺めて時間を潰した。
っていうか、八王子くん、膝なくても眠れるんだ…
チャイムが鳴った瞬間は助かったという安堵の気持ちでいっぱいだった。
花井くんが「僕、教室遠いから先に行くね」と立ち上がった。
「う、うん。あの、ごめんね」
と僕が謝ると、「なんで山路くんが謝るの!?謝罪なら八王子くんのしか受け取らないよ」と笑ってくれた。
花井くんが空き教室を出ても、八王子くんは目を閉じたままだったので、起こすべく近づく。
寝顔も綺麗だなんて、本当に世の中不公平だなと、数秒見惚れていたけれど、王子を授業に遅れさせるなんてダメだ。
「八王子くん、お昼休み終わるよ?起きて」
と声を掛けたけれど、起きなさそうなので、肩を揺する。
ゆっくりと瞼を開けた八王子くんと目が合う。
ひ、久々に正面から直視したけれど…、かっこいい…
多分僕は阿呆面で、口を開けて見惚れてたと思う。
八王子くんの第一声は「変な顔」だった。
僕は我に帰って彼から距離をとった。
そりゃ毎日鏡でその顔を見ていたら、僕の顔なんて変に見えるだろう。
そんな風に割り切っているので、特に傷つくでもなく、僕は彼を急かした。
「あ、あの、遅れちゃうよ。
教室戻ろう」
「ん」
彼がのっそりと立ち上がる。
「あ、僕、少し時間調整して戻るから。
1分くらい待つから先にどうぞ」
「…、それ、意味ある?」
いつもそうしていたからそう言ったら、初めて聞き返された。
いつもより空ける時間が短いからかな。
「え…、でも、2分以上待ったら授業遅れちゃうから…」
「別に…、一緒に戻ってもなんも言われないよ」
「えっ…」
僕はぽかんとして彼の顔を見つめた。
「遅れるんじゃないの?」と彼が空き教室のドアに手をかける。
「あ、う、うん!」
僕は慌ててその背中を追う。
流石に隣は歩かないけれど、それなりの距離で後ろをついて行った。
一緒に教室に戻るなんて初めてかも。
彼が自分の教室の前のドアに手をかけたので、僕は後ろのドアから入ろうとした。
その瞬間に「今日の放課後」と、彼が言った。
「え?」
「放課後、空き教室」
単語だけ言われて、ぽかんとするが、彼はそのまま教室に入ってしまった。
放課後…、空き教室?今日の?
単語を反芻して、もしかして、今日の放課後に空き教室に来いってこと!?と、思い至った。
勘違いとか聞き間違いじゃないよね?
もしも間違いだとしても、合ってる可能性があるならば、僕は下校時間まで彼を待つだけだ。
あれ?でも放課後ってことは…、その、後ろの準備もしておけってことかな!?
そう思い至り、僕は赤面した。
そしてすぐに顔を青くした。
不測の事態に備えて、ゴムとローションは準備してあるけれど、僕本体の準備を全くしていない!
ど、どうしよう…
放課後までに整えるなんて無理じゃないかな!?
僕が教室の前で逡巡していると、いつの間にか先生が来ていて「なんだ?入らないのか?」と声をかけられた。
「あっ!?す、すみません!」
と僕は慌てて教室に入った。
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