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39 お見舞い
家政婦さんは「私は掃除がありますので」と言って、部屋の前で去って行ったので、僕1人でお邪魔することになる。
迷惑がられたらどうしようと思いつつ、僕はドアをノックする。
小さい声で「はい」と聞こえたので、僕はドアを開けた。
「佐藤さん?何かあったんで…」
言いながらベッドから体を起こした八王子くんと目が合った。
寝巻きを着て、寝癖がついたままの、具合が悪いせいかアンニュイな八王子くんも素敵…
「山路?」
スッと、おそらく家政婦さんに向けた笑顔を引っ込めて、冷たい声で彼が言った。
あ…、やっぱり迷惑だったかな…
「ご、ごめんね!あの、花井くんから連絡が来て…、八王子くんが音信不通で心配だからって言われて…」
「あー…、そういえば今日か…」
八王子くんは、生徒会の予定のことを忘れていたらしく、「やらかした」と呟きながら、ベッドに倒れ込んだ。
「で、でも、すごく体調悪そうだし、仕方ないよ!
それに…、これ、僕のせいだよね…」
僕の心は、思ったより体調が悪そうな八王子くんの姿に、すっかり萎れてしまった。
何が、「休日の八王子くんの顔が見たい♡」だ。
僕のせいでこんなに辛そうなのに…
「別に山路のせいじゃないし。
まあ、勝手に帰るのはやめて欲しいけどね」
「うん、ごめん。
しっかり休んでね。
僕がいたら休めないと思うし、帰るね。
あ、花井くんには僕から連絡しておく!」
そう言って僕が立ち上がる。
すると、どこかで着信音が鳴った。
机の上だ。
僕はそれをとって、八王子くんに渡す。
花井くんとか生徒会の子からかな?
八王子くんはそれを寝転んだまま受け取り、画面を確認した後、「いらねぇ」と言って床に落とした。
「え!?画面傷ついちゃうよ!」
僕が慌ててまだ鳴り続けるそれを拾うと、そこにはメグミさんの名前が表示されていた。
「…、出ないの?」
僕は思い切って聞いた。
「出たくない。大した用じゃない。
教えなきゃ良かった」
低い声で八王子くんが言い捨てる。
誰かにこんな塩対応な彼は珍しい。
僕と花井くんくらいじゃないだろうか。
そこにメグミさんも含まれるみたい。
なんだか複雑な気持ちだ。
彼の中の特別が、僕だけだったはずなのに、どんどん増えていっている。
そりゃそうか。
僕なんか、ただの代替品で、上位互換が現れたらすぐに切り捨てられる。
「マナーモードにしておくね」
僕は携帯のサイドのスイッチをマナーモードに切り替え、再び机の上に戻した。
「じゃあ」と、声をかけ、部屋を出ようとすると「山路」と声をかけられた。
「な、なに?」
「山路」
「え?」
名前を呼ばれるだけで何も言われない。
僕は不思議に思いつつ、再びベッドに近寄る。
「なにか必要なものとか…」
そう僕が言いかけると、ぐいっと手を引っ張られた。
不意打ちなうえ、体幹が弱い僕は彼の上に雪崩れ込む。
「わっ…、ご、ごめん!」
病人を潰してしまったと、慌てて起きあがろうとすると、体に腕が回って、また八王子くんの上に戻された。
「え、え???八王子くん?」
「あったかい」
ぎゅっと腕に力が加えられ、八王子くんの香りが濃くなる。
僕は顔を真っ赤にして、弾けそうなくらい音を立てる心臓に驚く。
熱があるから寒いのかもしれない。
今は冬だし!
八王子くんに他意なんかない。
でも、僕にはやましい気持ちがあるので凄く恥ずかしい。
「山路の匂い」
僕の頭に鼻をつけた彼がそう呟いた。
とっ…、頭皮の匂いを嗅がれている!?
我ながらそこは良い匂いがするは思えない。
逃れようとしたけれど、力が強い上にスースーと規則正しい寝息が聞こえて、僕は脱出を諦めた。
そのまま固まっていたけれど、彼と接するのに気を張っていたためか、僕は気が抜けてうっかりまた寝落ちてしまった。
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