3 / 8

初コラボ配信

3  昼過ぎ、目を覚ますと筬島はパソコンの電源を入れた。  大学に在籍しているが、土日など講義がない日の前日は夜中まで配信や作業をし、起きるのは基本このくらいの時間だ。  スマホをタッチしてSNSを開くと、いつも通りフォロワーに向けて【おはよう】の挨拶。  次いで、【今日はコラボ!20時から!】と配信予告も忘れない。  そこまで終えると顔を洗い、目を覚ますためにコーヒーを淹れる。  SNSではおはようと配信予定、先輩の気になった投稿にコメントしたり、たまに配信のことに触れたりもするが、基本的に活用するのはそれくらい。だか、サブ垢では「○○おいしかった!」や「○○買っちゃった」など少しプライベートなことも発信している。  コーヒーを飲みながらパソコンの前に座り、徐ろにサブ垢を開いた。 【今日のコラボ楽しみすぎて目が覚めた やばい】 【ちょっと話したけど声良すぎて乙女になりかけた】  ポスっ、ポスっと思うままを投稿する。  今思い返しても本当にいい声だった。  配信に乗ってる声も確かに良かったのだが、通話となるとまた少し違う。  イヤホン越しに耳に直接あの低音が響いてくるのだ。 「ほんといい声だよなぁ」  羨ましく思うが、それ以上に敬いたくなる声だった。  夜のコラボが楽しみで仕方がないが、予定の時間まではまだまだ時間がある。  それまでに残っている動画編集と配信用サムネイル作りを終わらせねばならない。  急務はサムネイル作りだ。  よしっと気合を入れると筬島はパソコンに向かった。  配信5分前。  配信画面を準備し待機していると、テロンと通話を知らせる通知音が鳴る。 「今日はよろしく」  寝起きなのか少しまったりとした声だ。 「こちらこそよろしくお願いします!」 「ふっ、敬語になってる」 「あ、つい」  声に聴き入り気づいてなかったが、狼谷に指摘され「そうだった」と昨日のやり取りを思い出すが、ふっと漏れ出た笑いさえいい声過ぎてまた聴き入りそうになる。 「次敬語使ったら罰ゲームにしよ」  楽しそうに提案という名の確定事項を提示され、思わずえぇっと不満気に漏らすが狼谷はどこか楽しそうだ。  慣れない相手にいつも通りの口調で喋るとなると緊張でどうしても敬語が出てしまうのに、それをダメだと言われると変に緊張が増す。 「が、がんばりゅ」  思わず敬語になりそうなのを寸でのところで言い換えようとし、噛んでしまった。  それを聞いた狼谷がぷっと吹き出す。 「が、がんば、りゅ…って、くくっ」  堪えようとしているが全く堪えきれていない笑いがイヤホン越しに聞こえてきた。 「もーお!するよ!」  恥ずかしくなりマウスを操作し、準備していた配信開始画面をクリックする。 「配信、つけ……たっ!」 「ははっ俺も」  危うくまた敬語を使いそうになったが、今度は何とか堪えることが出来た。と思ったが、狼谷にはバレバレのようで、我慢できないとばかりに笑いを漏らした。  これは…多分配信に乗ってしまっただろう。 [始まった!] [狼谷ハルト?意外な組み合わせ] [コラボって狼谷さんとなんだ]  配信開始と同時に、待機していたリスナー達がコメントを打ち始める。  予告に時点ではコラボ相手を言っていなかったので、先輩とのコラボを予想していたのかも知れない。  筬島のコメント欄はコラボ相手が狼谷だったことに驚きの声が上がっている。  まあ当然か、と納得しかない。  今まで外部の人とコラボしたことがないのだ。しかも相手は大手事務所の人気ライバー。  正直、筬島自身もまだ信じられない。 「あーあ、罰ゲーム考えてたのに…惜しい」 [罰ゲーム??] [なになに?]  残念そうな狼谷の言葉にコメント欄が興味津々とばかりに流れ始めた。 「邑楽くんが敬語使ったら罰ゲームねって、さっき話してたんだよ」 「うう゛…なんで俺だけ……あ、ランクでいいよね?」  5人1組でチームを組み対戦するランクマッチの略称で、勝てばランクポイントが貰え、一定のポイントまで貯まると次のランクに上がることが出来る。ほとんどのユーザーがしているメインモードだ。  筬島も勿論このモードをメインに行っている。  アップデートでランクはリセットされてしまうが、新シーズン開幕毎にランクを回し、高ランクをキープしてきた。  狼谷も配信を見た限り同ランクか、デュオでランクマッチを回せるくらいのランク差。  あまりランク差があり過ぎるとフルパーティ組むしかなくなるため、近いランク帯は正直有難い。まだ新人の筬島に配信者5人を集めるのはなかなか難しいことなのだ。 「デスマいく?」  狼谷が提案したデスマとはデスマッチの通称で、倒した敵の人数で順位をつけるこのゲーム内にあるモードの一つだ。好んでする者いれば、エイム調整にチャレンジする者も多い。 「オレは大丈夫」 「デスマいく?」 「ぷっ…それ、狼谷さんがいきたいんじゃん」  執拗に聞いてくる狼谷に思わず笑いが漏れた。 「やっぱここで優劣付けとかないと」 「デュオなんだから仲良くやろうよぉ!」  そう言いながらマウスをクリックしていけば、時間帯もあってかすぐにマッチングしキャラ選択画面が現れる。 「あ、自己紹介いる?」 「あー確かに。ウィンターブライド所属の狼谷ハルトです。好きな食べ物は、肉」 「肉いいね!オレも好き!あ、ルクレーヌの邑楽ユウです!好きな食べ物か…甘いものかな。あ、あと焼きそば!」 「あー、初配信でも言ってたね」 「え、ちゃんと見てくれてる、嬉しー!」  ちょっと雑談をしながら使い慣れたキャラを選択すればゲーム開始のカウントダウンが始まる。

ともだちにシェアしよう!