7 / 8

名前

   6  年末年始。  企画盛りだくさんでコラボが続き、1月も気づけば下旬。  忙しい中でもなんとか卒論を終えた邑楽の大学生活も、この調子で行けば無事卒業となる。 「明日朝から出ようと思うけど大丈夫?」  ああ、今日も本当にいい声だ。 「ユウ?」 「あ、うん、大丈夫」  クリスマス配信以来、当然のように名前で呼ばれ、すっかり慣れてしまった。  なのに、狼谷の声には一向に慣れることがなく、いまだに聞き惚れてしまう。 「待ち合わせは駅でいい?あ、あとLIME交換しとこIDは――」 「わ、わ、早い早いっ」 「ちいかわじゃん」  慌ててアプリを開くと友だち追加の欄からIDを入力。 「しきなみ…?」  出てきた見慣れない名前を読み上げる。  もしかして、もしかするのだろうか。 「うん、敷波和奏(しきなみわかな)。それ本名ね。オフで会う時はこっちで呼んで」  まさかのプライベートな連絡先。  確かにプライベートで会うならそっちの方がいいのだろうが、本当にいいのだろうか。  踏み込みすぎてないだろうかと心配が過ぎるが、そこまで心を許してくれているんだと思うと嬉しくもあった。 「敷波さん」  呼び慣れない名前にぎこちなさが出る。 「和奏でいいよ」  本名の、しかも名前を呼んでいいとは。 「和奏さん」  嬉しさで口元が緩む。 「わー…呼び間違えないようにしないと」  登録した名前をジッと見つめ、何回もその名前を呟く。  和奏さん和奏さん和奏さん。 「ユウは?」  あ、と気づきトークルームにスタンプを送る。  こっそり買ってた狼谷ハルトのスタンプだ。  個人ではなく狼谷が所属してるグループEinfarbig――通称アインのスタンプだが。 「これオレね」 「いや、俺のスタンプ」 「へへっ買っちゃった」  日常使いしやすいのもあり即決し、大学の友達にも普通に使っている。 「…?なんて読むの?」 「筬島颯(おさじまそう)」 「へぇ、筬島…颯くんね」 「なんか照れるね」  事務所主催の飲み会に1度だけ参加したことがあるが、そこで会った先輩とプライベートな連絡先を交換したこともなければ本名で呼ばれたこともない。  いじられキャラが定着している筬島を可愛がってくれ、それなりに仲良くなったつもりでもそれでも一線は引いてしまっている。  そう考えると配信仲間として初めて、筬島颯の名を教えたかもしれない。  勿論マネージャーや事務所スタッフの中には本名を知っている人もいるが、当然、邑楽ユウとしてしか扱われるのが常だ。  同期の剣城からも然り。  もしかすると自分が知らないだけで、身バレ防止のため配信者同士ではよくあることなのだろうか。  などと考えを巡らせる。 「俺、本名とか教えたの颯くんが初めてだ」 「…えぇ!?」  驚きのあまり大きな声が出てしまった。  連絡交換なんて言い出すから当然慣れてるものだと。 「事務所関係は狼谷名義で十分だし、プライベートは踏み込まれたくないし」  プライベートに踏み込まれたくない。  その言葉に先程懸念した事が蘇る。  やはり踏み込みすぎたのではないか。  本当はもう少し手前の距離感がよかったのではないか。  そんな考えが筬島の脳裏に過ぎる。 「お、オレ知っちゃって大丈夫?」 「颯くんには知って欲しいから」 「っ」  敷波の声がなんだかいつもより熱っぽく聞こえ、耳が熱くなった。  なぜか心臓は早鐘を打っている。  名前とアイコンが表示されているだけの画面を見つめると顔が熱くなり、思わず顔を伏せた。  なんでなんでなんでっ。  友達の距離感を考えれば名前で呼ぶなんて普通のことだ。  なのに名前を呼ばれただけでなんでこんな気持ちになるのか。 「颯くん?」 「な、なんでもないっ」  それから多分待ち合わせ時間と場所を確認して通話を終えたと思う。  何度も思い出しては顔を赤くし、ぶんっぶんっと頭を振った。  その度に口元がにやけていたかもしれない。  敷波とのやり取りは思い出せるのに、どうやってベッドに行き着いて眠ったのかは結局思い出せなかった。

ともだちにシェアしよう!