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罰ゲーム
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「来てしまった…」
快適すぎる敷波の運転で忘れかけていたが、向かう先は罰ゲームという名のホラー体験。
初めは緊張していたが話してるうちに段々解れ、いつもの調子で話していたのに、テーマパークの案内板が見え始めてからは現実を突きつけられた気分だった。
入場ゲートを抜け、早速とばかりに恐怖迷宮の前に連れていかれる。
平日にも関わらず結構な列が出来ていた。
30分待ちとなっているが、30分待ってでも入りたい人がこんなにいるのか…。
「やばいやばいやばい…」
外装から漂う雰囲気に飲まれ、徐々に筬島の表情が固くなる。
「ふっは…顔やば」
それを見た敷波が思わずといった様子で吹き出した。
「イヤやばくもなるよー…ガチで小学生以来」
言葉に出した途端記憶が蘇る。
地元の遊園地にあったお化け屋敷でお化けに追いかけられて転んだ。
更に近寄ってきたお化けが恐ろしく、そこで泣き出してしまったのだ。
まぁ、お化け役の人は転んだ自分を心配して近寄ってきただけなのだが。
「ここは歩いて進むだけだから大丈夫だって。距離は長いけど。本当に無理だったら途中抜けれるし」
「うぅ……怖いってわかってるところに自ら進んでいかなきゃ行けないってのがムリー…でもリタイヤは負けたっぽくてヤダぁ」
「変なとこで負けず嫌いなんだな。ま、ここで出さなくていいと思うけど」
そう言って敷波は再び笑っている。
自分だけ鬱々とした気分で苦手なものがバレてるのはなんだか悔しい。
「和奏さんも苦手なものないの?」
「俺?俺は……あー、自炊苦手。苦手っていうか作る時間あるならゲームしたい」
意表をつく答えにほうほうと心の中で頷きながらも、そうじゃないっと頬を膨らませる。
「何それ!もっと虫とか、ヘビとかないの!?」
「あ、虫はムリ。ムリすぎて考えつかなかった。事務所にもNG出てるし」
「へぇ、いいこと聞いた」
漸く得られた敷波の弱点にニヤリと口元を緩めた。
そんな筬島の様子に敷波がジトリと目を細める。
「…俺のムリはほんとムリだよ。コラボNG出すよ」
「え、それはヤダっ!…あ」
NGの言葉に筬島は思わず大きな声を出てしまった。
折角仲良くなれたのに、そんなことで仲違いだけは絶対にしたくない。先輩にも気さくな人はいるが、箱内の人を含めてここまで仲良くなれたのは敷波が初めてなのだ。
それにしたって少し必死すぎたかもしれない。
「ご、ごめん」
ここにリスナーが居ないとも限らないのに感情任せに大声を出してしまった。
V配信者として声で中身がバレるなどあってはならない。
万が一筬島が身バレしてしまったとしても自業自得――では済まされない問題だが、芋ずる式に敷波までバレてしまっては一大事だ。
過去には身バレが発端で引退していったV配信者もいる。
「そんなに嫌なんだ」
だか敷波は気にした様子もなく嬉しそうな表情を見せる。
「せっかく仲良くなれたのに…嫌に決まってる」
「そうだね。俺も颯とこれからも仲良くしたいな」
さっきは嬉しそうに見えた笑顔と同じはずなのに、何故か圧を感じる。
「ぐっ…そういわれるともう虫とか言えないじゃんっ」
そんな話をしているとあっという間に順番になり、スタッフの説明後とうとう中に入ることとなった。
もう入口からやばい。
表示されてる文字やイラストもそうだが、空気や音がお化け屋敷という雰囲気を増長している。
「あ、中で少し録音してもいい?」
「え!?オレ絶対叫ぶし、面白い話とかする余裕ないよ!?」
「ちゃんと行ったって証拠残すだけだから」
「それなら…」
一歩中に入れば一気に暗くなり、目の前は文字通り真っ暗だ。
頼れるのは入口で渡された懐中電灯と恐怖を植え付けるような所々にある薄明かり。
「待って待って待ってっ!」
1歩先を進む敷波の服をぎゅっと掴む。
「どうした?」
敷波が振り返るが、その声は既に笑いを含んでいる。
「く、暗いって、暗いっ」
「お化け屋敷なんだから明るかったら変でしょ」
動じた様子もなく進む敷波から寸分も離れまいと服を掴む手に力を入れ、身を寄せた。
1歩分の距離を待ってくれた敷波の隣に並び、見えづらい足元を注視し進んでいく。
と、突然シュッと音とともに勢いよく風が吹き出した。
「わぁぁっ!風っ!音がっ!」
「大丈夫大丈夫」
「わあ゛ぁぁぁぁっ!!」
バンっと勢いよくロッカーが開き、中から腕が出てくる。
「もうムリっムリぃ」
「うわっ」
あまりの恐怖に筬島は思わず敷波に抱きついた。
勢いで敷波がよろけるが、しっかり支えてくれた。
「お願いお願いっ、置いてかないでっ」
「置いていかないって」
縋るように抱きつくが、これ以上何かあれば恐怖心のボーダーを軽く超えてしまいそうだ。
これからまだ起こるであろう予想できない恐怖を考えるだけで、薄ら涙が浮かんでくる。
「ほら、手繋いでやるから」
幼い子をあやすように、敷波がスッと手を握った。
「うぅ…絶対離さないで」
筬島はそれを力強く握り返す。
子供扱いされようがなんだろうが、お化けは無理だ。
くすくすと笑う敷波。
「はいはい」
頭を撫でられると少し落ち着いてくるが、周りは変わらず暗いし、シューッと変な音はするしで筬島の恐怖心を煽ってくる。
「あとどのくらい?」
「まだ序盤やね」
「はぅぅ…」
「ほら、行こ」
結局最後まで敷波に手を引かれ、なんとか出口までたどり着くことが出来た。
「もう二度と入らない」
外の明るさに漸く安堵し、涙を浮かべながら未だに離せない敷波の手をぎゅっと握る。
何度叫んだかわからないが、声も少し枯れてしまった。
これなら多少痛くても電流ビリビリや激辛を耐える方がよかったかもなどと思ってしまう。
「…やば」
「へ?」
「なんでもない。さ、目的は達成したし、他のアトラクション乗ろっか」
一瞬口元を隠した敷島だったが、誤魔化すようににっこりと笑うと、繋いだ手をそのままに歩き始めた。
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