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第3話

 智廉国代表者(リオ・カルス)は、結界維持者(アレン・グランベル)へ向かって口を開けかけたが、わずかに逡巡(しゅんじゅん)して視線を落とした。  会話によってその集中を(みだ)すことを懸念(けねん)しているようにも見えた。  口を閉じた彼が、改めてアレン・グランベルの方へ視線を向けると、真っ直ぐに見つめる(ひとみ)交錯(こうさく)する。白金(けっかい)色に染まった目には、どんな負担にも()える覚悟(かくご)が浮かんでいた。  リオ・カルスはその視線に静かに(うなづ)き、近寄ってきた興奮(こうふん)()めやらぬ研究者たちへ視線(しせん)を移すと、口を開いた。 「時間も(きょう)の魔力も有限です。貴方がたは増幅拡散(ぞうふくかくさん)している天の魔法陣を読み(ほど)いてください。私は、魔導遺物に(つな)がる地の魔法陣を読み解きます」  研究者(じぶん)たちを引率する者の号令に、結界の(すさ)まじさに高揚(こうよう)していた口元を引き()めた彼らは、結界の周囲へと散開(さんかい)した。  それに従って、アレン・グランベルが警護(けいご)体制から離れた後も引き続き出入口や周囲を警戒(けいかい)していた騎士たちが、出入口に一人を残しそれぞれ護衛(ごえい)を担当している研究者につく。  今回の件で智廉国(ちれんこく)から招聘(しょうへい)された学者の中でも、飛び()けて古代遺跡と魔導遺物に造詣(ぞうけい)が深いと紹介されていたリオ・カルスは、天地の魔法陣二つの内、一つをひとりで読み始め、他の学者はそれを当然のように受け入れた。  その護衛担当である騎士のエニック・オステードも、彼が結界のぎりぎりの(きわ)まで近づいて巨大な魔法陣の周囲をゆっくりと歩き出すと、後ろに付き(したが)って歩き始めた。 ◆ ――聖剣と我らが騎士隊長殿が(くさび)となり結界を維持し始めてから、そろそろ一刻(いっとき) (※約2時間)が()とうとしていますね。  リオ・カルスが(またた)きも()しいように地の魔法陣を見つめながら歩くその横で、護衛騎士が静かな声で(ささや)く。 ――結界の発動(はつどう)にはそれに見合う大きな魔力が必要です。その維持には少しずつ魔力を流せば良いので魔力消費自体はそこまで高くありませんが、常に安定した魔力を流さねばなりません。通常の守護(しゅご)結界も、安定した魔力により外からの攻撃に対しての堅牢(けんろう)さを維持します。  ここまでは、学院で学ぶ魔法概論(がいろん)基礎(きそ)ですから、きっとご存知(ぞんじ)でしょう。  貴方は、今までにあの(しゅ)の封印結界をご(らん)になったことはありますか。……私は今回が、二度目です。  あれは、内からの攻撃に対する防御だけでなく、あのように形の無いものを(のが)さず(ふう)じ続けるのです。  それゆえ発動後も、内側からの攻撃に(はがね)(ごと)強固(きょうこ)()らがぬ(かべ)の魔力、結界から()れ出ぬように流水(りゅうすい)の如き柔軟(じゅうなん)な魔力、その両方を同時に(あつか)え――という無理難題を要求される魔法なのだそうです。  魔力を大胆(だいたん)()繊細(せんさい)(あやつ)る能力、なにより途轍(とてつ)もない集中力と気力を必要とするのだと。  その上、今回は同時に浄化もしています。我らがあの忌々(いまいま)しい呪いの霧から解放されたのは、光導神(こうどうしん)への祈りを、結界発動から今の今まであの方が()()なく心臓(たましい)(ささ)げてくださっているからです。  じりじりと魔力は結界に()われ続けていて、夜の(こく)に入ってからは魔力を流す量も増えたでしょう。それでもなお、結界は浄化し続けている。この巨大な封印結界を()るがすことなく、です。  公王家(こうおうけ)の宝剣の助けがあるとしても、常人(じょうじん)(あら)ざる、信じられぬほどの(たましい)の輝き、胆力(たんりょく)と気力をお持ちなのです。  我が国の騎士は、騎士公国の名に()じぬ者ばかりと自負(じふ)しておりますが、あの方ほど素晴らしい騎士を、私は、知りません。 ――とは言え、常日頃(つねひごろ)、神に愛されし誓言(せいげん)騎士よと(たた)えられるアレン・グランベル卿でも、流石(さすが)(こた)えているようです。  普段(ふだん)鉄面皮(てつめんぴ)とは違い、随分(ずいぶん)と顔色が悪い。後、どれだけ持つでしょうか……。  ぽつりぽつりとそう護衛騎士が語るのを、彼は(だま)って聞いていた。
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